こんばんは。
明日の帰りの電車が心配なまりはなです。
久しぶりの大雪になるとかならないとか。
何事も無いことを願うばかりです……。

さて、今日のお題は「逃げ」です。
それだけ聞くとなんぞ??って感じですが…。
まぁアレです。
私はよく、「逃げないで頑張ろうよ」と言われてきたクチなのですが、逃げなかった場合なにが待ち受けてるかホントにわかってんの???って話をしようと思います。

精神疾患になった多くの方が言われたことがあると思います。ですがこれはすべて私の意見なので、まーそんな考え方もあるか。と軽く流していただけると幸いです。

もちろん精神病のわたくしが話すので、苦手な方はばっくぷりーず!笑
………このくだり毎回やってますね…笑


では、始めましょーーー。


逃げ出したい対象は千差万別、十人十色。私にとって平気なことが、他の人にとっては死にたいくらい怖いことだったりするし、逆もまた然りなのだと知っています。

例えば私は、病みモードに入ってる時、他人からどう見られるのか異常に気にします。
私がいない所で私の話をされるのが大嫌いですし、SNSで人の愚痴を書いてる友人がいたら、私の事かもしれないと、恐怖します。
通常時であれば気にしないし、流してしまう相手の態度を深読みして、更に病む。負のループの出来上がりです。

そういう時は大体なんにも上手く行きません。
そしてそういう相談をすると、まぁ言う人がいるわけです。「逃げてもなんにもならないから頑張ろう」なんて。

「逃げてもなんにもならない」とは、綺麗で耳障りのいい言葉です。そして事実、立ち向かうことが正しいのでしょう。
逃げずに立ち向かい、勇敢に戦って、得るものがあるのなら。の話です。

「逃げ」は「弱さ」や「悪」みたいな認識があるような気がしますが、私はそういう風には、もう思えません。逃げることは、生きる上で必要だと信じています。

では「何故逃げてはいけないのか」

辛い現実が目の前に立ち塞がっていて、どうしていいか分からない時。例えば虐められていて、それでも「学校に行きなさい」と言われた時。(私の両親は言いませんでしたが、言う人はまぁ居ましたよね。)
何故逃げてはいけないのか。世間体か、認識の甘さか、それとも本当に、本人が耐えれば状況は変わると信じているのか。

逃げなかった場合、更に最悪な状況になる場合になることがほとんどです。たぶん、すでに病んでるのに更に何かしようとしても、空回ってしまうからなんでしょう。

私の場合、一度落ち着くために、「逃げる」ことは必要でした。
逃げなければ死んでいた。そう言い切っても問題なかったと思います。

「逃げるな」と言うのは、「逃げていいよ」と言うより楽なのかもしれません。
私は、逃げていいよと言う方が楽ですけど。

逃げたら負けと人は言います。
では、何に負けた?
相手がいるなら相手でしょうか。相手がいないなら環境でしょうか。

じゃあ何故、「負けてはいけない?」
死ぬほど辛いなら逃げた方がいいに決まってる。そりゃ戦う力があるならわざわざ逃げる必要はないですけど、戦う力すら残されていないならとっとと逃げるべきです。
負けてはいけない?その相手は、本当にあなたが相手をしなきゃいけない人ですか?あなたが自分を犠牲にしてまで、相手をしなきゃいけない人ですか?

そんなはずないです。
弱っている、その原因を作った人がいたとして、その人に真摯に向き合う意味は、本当にあるのでしょうか。

辛い環境から逃げることは恥ではなく、「自己防衛」です。自分を守って何が悪い?人は自分に余裕が無いと、他人に優しく出来ないのだから、自分を守るのはいいことです。
保守的なのは嫌いですけど。そこは上手く調節するしかありません。

戦う気力があるなら、逃げなくていいでしょう。
でも、ただ恐怖のみが体を支配しているのなら、即刻立ち去るべきです。

逃げた後のことは、その時考えます。
たまに、逃げる前より状況が悪化してる時もありますが、ある程度休息を取った後の私は、まぁ対応出来るパターンが多いので。



長ったらしく語りましたが、ようは。
「辛い現実から逃げることは、悪いことではないし、人生に休息は必要だ」
ということです。
私の場合ですけどね( ̄∇ ̄)

この話はいつか続きを書きたいです。人の感情は難しくて、ここには書ききれなかったので。笑

どうか、辛い現実を耐える多くの人に、少しでも心安らげる時間がありますように。


それでは今回はこの辺で。
おやすみなさい。良い夢を。