2024年、子宮体がんの手術と入院で、私は会社を約1ヶ月休んだ。
病名は、結局誰にも伝えていない。
入院することも、ほんの一部の人にしか話していなかった。
それでも復帰した頃には、ほとんどの人が入院したことを知っていた。
こういう話は、人づてに広がっていくものなんだなと、驚いたのを覚えている。
その「人づて」の中のひとりが、Mさん。
40代後半の男性で、クセが強いけれど、意外と優しい人。
Mさんは2ヶ月ほど前に別の支店へ異動した。
まだこっちでの仕事が残っているため、今も時々電話で話をしている。
先日、いつものように電話がかかってきたが、なんとなく違和感があった。
声の調子が明らかにおかしかった。
「どうしたの?風邪?」
と聞いた私に返ってきたのは、想像もしない言葉だった。
「昨日、大動脈解離で救急搬送されて、今ICUにいる。許可もらって電話してる」
一瞬、意味が理解できなかった。
「えっ…大丈夫なの?」
「もう半分死んでるよ。今日提出する書類があっただろ、出せないから電話した」
言葉を失った。
書類なんて、どうでもいい。
そんな状態で気にすることじゃないのに。
「そんなの気にしなくていいから!
先生や看護師さんの言うことをちゃんと聞いて、しっかり治して!」
そう言って電話を切った。
ふと、自分が入院していたときのことを思い出してしまった。
あのときの不安や、静かな病室の空気、先の見えない時間。
今、Mさんはどんな気持ちでベッドにいるんだろう。
ついこの間まで普通に仕事の話をしていた相手が、ICUにいるなんて。
あのときの私も頭では「休むしかない」と分かっていながら、仕事のことが頭から離れなかった。
ちゃんと回っているかな、とか。
迷惑をかけていないかな、とか。
でも、本当はそんなことどうでもよくて、
一番怖かったのは「ちゃんと戻れるのか」ということだった。
体のことも、これからのことも、何もかもが不確かで。
先の見えない不安の中にいた。
だから思う。
あの電話は「大丈夫じゃない」と言えない代わりの連絡だったのかもしれない。
冗談みたいに「半分死んでるよ」なんて言いながら、本当は怖くてたまらないのかもしれない。私がそうだったように。
あれから、仕事中でもふとMさんのことを考えてしまう。
今、どんな状態なんだろう。
痛みはあるのかな。
ちゃんと眠れているのかな。
自分が病気をしたことで、見えるものが変わった気がする。
前は当たり前だったことが、当たり前じゃないと知った。
明日が来ることも、元気に働けることも、同じ場所に戻れることも。
全部、当たり前じゃなかった。
仕事は大事。責任もある。
でも、それ以上に大事なのは…
ちゃんと休むこと。
ちゃんと頼ること。
そして、ちゃんと生きること。
それができるからこそ、また仕事に戻ってこられるし、長く続けられる。
「頑張り続けるためには、頑張りすぎないことも必要」なんだ。
Mさんは別の支店にいるから、詳しい情報は入ってこない。
それがもどかしい。
ただ今は、何も気にせず、
治すことだけに集中していてほしいと、心から願っている。
そして、戻ってきたら頑張りすぎないように
声をかけたいと思う。