9月13日 

 

光文社古典新訳文庫から「意志と表象としての世界」第一巻が出ました。すごい。画期的。この、ショーペンハウアーの主著が文庫で出るのはこれが初めてのことです。少しこの主著の思い出を。浪人のとき、ツァラトゥストラに出会い、ニーチェを読むようになって、大学一年目のときには、新潮文庫「人間的な、あまりに人間的な」などを読んでいました。ニーチェを読むと、必然的にショーペンハウアーの名前に何度も触れるので、「いったいその主著はどういうものか」と気になり始めました。当時手に入る全訳は三種。ひとつは、白水社のショーペンハウアー全集にも入っている斎藤忍随訳(ソフトカバーの単行本としても出ていました)、もうひとつは、西尾幹二訳の「中公世界の名著」。三番目に磯部忠正訳の理想社版全訳(全二巻)でした。磯部訳は少し古く(初版は1940年代、最も新しい版が1973年ぐらい)、斎藤訳、西尾訳のほうが新鮮な感じがしました。それで、いまでもよく覚えているのですが、大学二年目(二回目の一年生)の、5月5日、つまり昭和55年5月5日に、高田馬場の、いまはなき未来堂で、ペーパーバック版が出たばかりの西尾訳を買いました(斎藤訳よりぜんぜん安かったからです)。二段組みで全800ページぐらいだったと思います。読み始めたのですが、当時はまだ本当の意味での哲学書に触れたことがなかったために、すぐに挫折しました。それからしばらくして、大学の時行方不明になった友人が、旺文社文庫「哲学入門」を貸してくれました。この本は、ショーペンハウアーの「哲学の学習について」というエッセイと、主著「意志と表象としての世界」の抄訳(およそ六分の一)を収録した、えがたい、すぐれた文庫で、これを通読することで、著者の勘所に触れたられたような気がしました。それからは、ショーペンハウアーについては、新潮文庫「幸福について」、岩波文庫「読書について」、角川文庫「自殺について」、白水社「随感録」などエッセイを中心に読んでいました。とくに「随感録」は汚れるほど繰り返し読みました。全訳を通読したのは、かなりあとになってから。それはカント「純粋理性批判」を本気で読み始めたころです。純粋理性批判を読むと、意志と表象としての世界の内容はとてもよく理解できます。で、このときはじめて、磯部訳をいい訳と感じ始めました。若い時にはわからなかった、硬軟のバランスが絶妙であることにようやく気付けたのです。それで、一巻は簡単に新刊本屋で手に入ったのですが(それを読んで磯部訳のよさに気付いたのですが)、二巻がなかなかなくて古本屋を探し回りました。結局、奇跡的に東京堂で二巻を見つけた時のうれしさ。すぐに通読して、今度は本当にほぼ理解できた、と思いました。いまでもこの本と、旺文社文庫は手元にあります(西尾幹二訳も実はもっていますが)。超訳ニーチェなるものがなぜか世俗的にヒットして、ショーペンハウアーも「名言集」みたいなものが何冊か出ましたが、ほぼ誤解といってもいいような編集で、流し読み程度ですませていました。もうこれ以上、ショーペンハウアーで新しい読書体験をすることはないだろう、と思っていたのです。ところが、今回、主著の全訳版が文庫で出始めました。正直、訳者のほかの本を読んだとき、あまりいい印象は持っていなかったので迷ったのですが、やはり買ってしまいました。そうして読み始めてみると、なかなかいい。読みやすい。ショーペンハウアーは、教師的なので、何度も立ち止まってまとめ的な話を始めるので、最初はそれがくどい感じでいやなのですが、いま読むと、それがすごく、講義を聴いているようで心地よい。 いや、まあ、評価はいいや。 ともかく画期的な本が出ました。よかったら見てみてください。 長くなりました。