ラブレス/新潮社

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2011年8月 新潮社 280P
ISBN978-4-10-327722-4
最終読了日 2012年10月


有楽町の三省堂書店で、著者の桜木紫乃さんにサインをしてもらったのは、ちょうど1ヵ月前。
ゼクシィと本屋大賞が主催する「突然愛を伝えたくなる本大賞」の受賞を記念してのサイン会だった。
桜木さんは物腰の柔らかいステキな女性、という印象。

「ラブレスにとって、一番幸せな賞をいただいたと思っています。
最後の打ち上げ花火みたい」

本にサインをしながら、そう言って桜木さんは優しく笑った。

この言葉の意味を知ったのは、家に帰ってから本に付いている帯の文章を見たときだった。
 第146回 直木賞
 第14回 大藪春彦賞
 第33回 吉川英治文学新人賞
名だたる文学賞の名前が並ぶも、すべてが「候補作」となっている。
数々の文学賞の候補作として選ばれながら、惜しくも賞を逃し続け、最後にたどり着いたのが、この「突然愛を伝えたくなる本大賞」だったのだ。

作家にとって、作品は実際に産み落とした我が子のようにかわいいものだろう。
280ページにわたるこの長編小説を読みながら、『ラブレス』が本当に大切に大切に、愛されて生み出された作品であることを私は心から実感した。


$Marie's Library


舞台は戦後の北海道。
標茶町(しべちゃちょう)で生まれた一人の女性、百合江の生涯を描く。

しかし、物語の視点は最初、百合江の姪っ子(実際の血縁関係はない)である小夜子に寄り添って始まる。
百合江の娘、理恵が、母親と連絡がとれないことを心配して、母親と同じ釧路に住んでいる従姉妹の小夜子に見に行ってくれないかと頼む。
小夜子が会いに行ったとき、百合江は釧路の小さなアパートで、一つの位牌を握りしめ、余命幾ばくもない状態で横たわっていた。


そして物語は一転、30年ほど前に遡り、昭和26年の標茶(しべちゃ)へ。
物語の視点はほどよい距離で今度は少女時代の百合江に寄り添い始める。
私は戸惑う。
これはいつの時代なのか? 誰と誰が姉妹で従姉妹で、血縁関係はどうなっているのか?
似たような名前も多くて混乱。
それでもなぜか、物語から目を離すことができない。
それはテクニックであり、また、文学賞の審査員に「力技」とも評された、この物語に懸けた著者の情熱なのだろう、と思う。

好きで好きで、当時妻子があった百合江の父親と駆け落ちするように結婚した母親のハギ。
百合江の人生に常に影響を与え続けた、面倒見はいいが屈折を隠せない妹の里実。
大人になり、どこか得体の知れない母親を疎むようになった娘の理恵。

親子三代の人生は螺旋階段を上るように未来へと繋がっていく。

その中心にいる百合江という女性。
この物語を読むことは、彼女の一生をともに味わうことである。
それは、とても辛く、重い作業だった。

多くの人が百合江と出会い、離れていった。
百合江はただ風のように、運命に逆らわず、流されるように生きた。

それは傍から見れば、間違いなく「不幸」な人生のように思える。
叶った恋など、一つもない。
少女の頃に追いかけた、「歌う」夢も途中で捨てた。

しかし、百合江は読む人に同情さえさせてくれない。
それは、読者だけでなく、娘や妹、姪っ子にすらそうなのである。

こんな文章がある。
「小夜子は百合江の来し方に自分たちの物差しなど必要がないことに気づいた」

不条理で理不尽なことばかりだった。
だけど、それが何だというのか。
百合江の生き方には、そんな凄みがある。
彼女はただ、与えられた一生を全うしたのだ。
そこには、清々しさと潔さすら感じてしまう。

最後まで読んだところで、読者は百合江が手にしていた位牌の意味を知ることになる。

人生の最期に思い出すのは、叶わなかった恋であり、伝えられなかった思いであり、飲み込んだ言葉たちなのだろうか。

物語が終わりに近づくにつれて、私の目からは涙が溢れて止まらなくなっていった。
つと頬を伝うような涙を流せる本はたくさんあっても、しゃくりをあげて嗚咽に近い号泣をしてしまう本は、そんなに多くはないだろう。

その嗚咽の理由を私は探し続けた。
悲しいのか、悔しいのか、やりきれないのか。

百合江の人生を最後まで読み切ったとき、私は自分の命を思った。
百合江の人生のまだたった半分ほどしか生きていない自分が、これまでに愛し、愛された人のことを思った。
私もまた、生きて、ここに流れてきた。
そして、これからも流れていくのだ。
私だけではない。みんな。
誰かと出会い、別れながら流れていく。
死ぬまでずっと。