定期的にアートワークで伺っている或る施設でのこと。
1枚の画用紙にひたすら水彩絵具で色を重ねていく
お子さんがいた。
まあ、行為としては 重ねている でも
起こる物質の現象は混ざるといった方がいいのだけれど。
彩度とか明度とか色相なんて、
その筆の動き、スピードの前では
瞬時に通り過ぎてゆく。
でも、本人と表に現われるものが同調しながら変化し続けているのは
手に取るように伝わってくる。
集中力と物質化。
おとながこどもに期待する集中力。
意図・目的を意識した、「完成」というベクトルに従属した集中力。
そしての先にある、外側の評価・価値へとつながるような。
彼の集中力はそのような類のものではない。
彼という自身の存在に向けられた集中力。
外側からの評価や価値から 自由なチカラ。
どちらにしても集中すれば物質化する。
彼の場合、画用紙の表面がボロボロになったわけだけれど。
皮膚疾患との関係性はあったけれど、
それが統計の話として片付くのではなくて。
関わり方の話。
モノ・物質と自身との双方向の。
濃密な。
本人がやること。
本人の中で完結している。
それを他者は
「理解しよう」とか「わかろう」とか
しなくていい。
むしろ しないほうがいい。
理解 しよう
わか ろう
という状態であれば
それは不可能だから。
共感というのもあやしい。
じゃあ何ができるのか。
自分も
モノと関わってみればいい。
物質を介して
物質化させてみる。(表に現す)
そして何をすべきか。
目撃者
証人
見届け人
(応援もその範疇で)
というスタンス。
その瞬間、あなたはそんな風に存在してた。
その瞬間、あなたはそんな風に生きてた。
という具合に。
観察者としてのスタンスの
自身の感性を磨く。
それは歪めも曇らせもしない。
それは常に透明感のある更新がされていく。
そのように彼をみていて思った。
そんな日だった。