政治に関心が無い者が

何かあると政治のせいにする

 

選挙に関心が無い者が

何かあると政治家のせいにする

 

社会に関心が無い者が

何かあると社会のせいにする

 

他人に関心が無い者が

何かあると他人のせいにする

 

自身に関心が無い者が

何かあると自身のせいの フリ をする

 

 

総じて 自身に関心が無い

 

 

 

 

ひるがえって

 

 

 

 

 

何かあると政治のせいにする者は

政治に関心が無い

 

何かあると政治家のせいにする者は

選挙に関心が無い

 

何かあると社会のせいにする者は

社会に関心が無い

 

何かあると他人のせいにする者は

他人に関心が無い

 

何かあると自身のせいの フリ をする者は

自身に関心が無い

 

 

総じて 自身に関心が無い

 

 

 

 

経験上、そのような傾向にあると感じる。

 

 

自身に関心がない者が

全ての元凶。

 

 

 

 

全ての責任を引き受ける覚悟を

全ての人が自身に持てば

悪夢は終わる

 

 

 

ひとつなるもの であり 分け離れたもの でもあるのだから

 

 

矛盾の中に真理がある

矛盾が真理といってもいい

 

頭でやるとおかしくなる。

頭でやるから矛盾に囚われる。

矛盾に囚われると極論にはしる傾向がある。

極論は頭でやるから。

 

でも実は、極論になった時点で思考停止。

頭使えていない。

 

 

 

 

 

極論はチカラの明け渡し。

 

極論は利用されやすい。

 

 

 

 

 

例えば

原発事故の時。

 

「電力は必要。昔の生活には戻れない。」

 

とか。

 

ミュージシャンが原発の電力に反対すると

 

「電気を使って電気の恩恵を受けているくせに。」と叩く。

 

原発の電力を使いたくないから

その現状を変えたくて発信しているのに。

 

 

 

極論は思考停止になる。

極論は責任の放棄。

 

 

結果を生きるか

原因として生きるか

 

 

「結果」を生きる。それは極論を採用し自身の責任を放棄する。自身を放置し自身を破壊する。

 

「原因」として生きる。それは、自身が自身の責任を引き受ける。自身を育てる自身を極める。

 

 

 

「矛盾に真理をみる」生き方。

 

それは感性を磨き極める生き方。