2023/10/7


病気がわかる前の去年、私たち夫婦は別居していました。

理由はいろいろあるしここでは書きませんが、

今年に入り2月に膵臓癌とわかった時、夫も号泣し

「もう何もいらないからどうか治ってほしい」と泣いたのです。

いろんなことがあった上での一言で、もう一度やり直せるのではないかと思ったのでした。

私もとにかくどこかに寄りかかっていないと受け止められる精神状態でなかったのもあります。


しかし、これは私目線の話で夫がどう考えてるのかわかりませんが、妻が病気であることが日常になればやはり元に戻るものです。お互いに。。


術後まもなく、大喧嘩をし夫が荷物をまとめている姿を見た時、やっぱり無理なものは無理なんだなと思ってしまったのです。


とはいえ私は今、生存率のかなり低い病気になってしまったことは現実なので、子どもの事を考えたらはいそれと答えを出すわけにはいかないのです。

なぜなら私には頼れる実家がないからです。


さらにシビアな現実として

別居もして、病気して仕事も辞め、そこに去年の収入に対する住民税、息子の学費、治療費がのしかかってくるわけです。

(癌特約もつけておらず、傷病手当もわずかなのでなかなか厳しい)

私が貯めてきた貯金を切り崩す日々です。


いろいろ察してか、長男はこの夏休みからアルバイトを始めました。自転車でピザの配達ですピザ


iPhone15を買いたいからバイトすると言っていましたが、社会経験にもなるしやってみればと同意しました(学校は禁止なんだけどね、、)


息子は今高校2年生で、エスカレーターで大学まで上がれるが偏差値65もある他の大学の理工学部に行きたいそう。なので大手大学受験予備校に通いたいと言ってきて、お金がこれからかかるから携帯もお小遣いもこれからいらないから予備校行かせてほしいと言ってきたのです。


もうさ、泣くよねえーんえーんえーんえーん


お母さん病気になるわ、お父さんでていくわ、お母さん仕事なくなるわで、、不安だったんだね。

しなくてもいい苦労かもしれないけど、息子はこの環境のなかすごい成長をしてくれていました。


何より別居してからの息子たち、ずいぶんと私と話をしてくれるようになりリビングにいる時間も増えました。


こんな健康状態だけど、ここ数年感じたことのない穏やかさを感じていて子どもたちにも伝わったのかもしれません。


必ずしも丸い形だけが正解ではないと

気づいた47歳の秋です。

病気が教えてくれたことの一つです。