「時間を大切に」
「時間を無駄にしない」
わたしはそれを強く意識するようになった。
そう思うようになったのは、
子どもを産んでからだった。
自分だけの時間がなくなる、とか
思い通りに動けなくなる、とか。
もちろんそれもある。
でも、私が“時間が必要だ”と強く思うようになったのは、
次女の小学校行き渋りがきっかけだった。
幼稚園の頃から、
別れ際になると大声で泣くタイプだったので
小学校もある程度覚悟はしていた。
朝は起きる。
着替えもする。
準備もする。
でも、
いざ登校時間になると
「やっぱり行きたくない」
となる。
ご機嫌で登校する日もある。
学校の前まで行って、
「やっぱり無理」と引き返す日もある。
もちろん、
お休みする日もあった。
先生方も本当に丁寧に関わってくださって、
何度も話し合いをした。
その中で、
“無理やり”ではなく、
でも「できれば行けるようになりたいね」
という方向で、
少しずつ進んでいくことになった。
不思議なことに、
一度教室へ入って私と離れると、
本人はちゃんと学校時間を楽しめる。
下校の頃になると、
GPSの音声で
「今日も学校楽しかった!」
「今日、学校行ってよかった!」
と嬉しそうに送ってくれる。
だから私も、
できるなら
“安心して学校へ行ける日”を増やしてあげたいと思っている。
でも、そうなると
私の朝は予定通りには進まない。
ちゃんと起きられるかな。
今日はスムーズに行けるかな。
途中で気持ちが変わるかな。
朝のバタバタな時間帯に
そんなことを考えながら、
自分の支度、子ども達の支度、家事に仕事を全部完璧にこなすのは難しい
そこから少し余白を持って動くようになった。
お姉ちゃんと
「行ってきます!」と元気に出る日もある。
でも、
玄関を出て5秒後に
「やっぱり行きたくない」
と戻ってきて、
そのまましゃがみ込んでしまう日もあった。
そんな時、
私には“時間”が必要だった。
「大丈夫だよ」って話を聞く時間。
気持ちが高ぶっている時は、
落ち着くまで待つ時間。
学校まで一緒に歩く時間。
時には、
朝の会が終わる頃まで
教室の後ろで見守る時間。
もし毎朝、
ギリギリで回る生活だったら、
私はきっと
「早くして」
「もう遅れるよ」
ばかり言ってイライラしてしまっていたと思う。
だから私は、
お金持ちより
“時間持ち”になりたい。
子どもが困っている時に、
立ち止まれる人でいたいから。
効率だけでは回せない日々の中で、
「大丈夫だよ」って言える余白を、
ちゃんと持っていたいなと思う。