無彩色の中にある彩りの意味 | marieとリョウの人生ヒマつぶし

marieとリョウの人生ヒマつぶし

フツーの主婦marie(マリー)と
その息子リョウのフツーの日常が一転、
2011年、東日本大震災の被災者に。
2016年、大黒柱のパパが難病に。

ちょっとだけフツーじゃなくなってしまったけれど

フツーじゃないあれこれが
我が家の新しいフツーになりました。

marie家は窓枠やドアはナチュラル系ですが
家具や家電は基本的に無彩色で揃えています

そして、目につくところには
原色を配置しないのがお約束

ボトルなどに赤とか青とか
派手なラッピングがあれば必ず外します

なぜならそれが落ち着くから


でも例外がひとつ
花とグリーンは原色OK


無彩色の中にポツンと色味があるのって
存在が際立ってステキ( *´艸`)


リビングのドアを開けると見える景色
ど真ん中に赤の差し色

特にこのフォーカルポイントは大事


昔は花の良さがわからなくて
『食べられないし、もらっても困る』
と思っていたけど

何年もかけて生活を整理していって
無駄なものが減っていった時に
花を眺める時間と気持ちの余裕っていう
花のための空間が生まれた感じ

他のもので埋め尽くされてる時には
気付けないものなのかもしれないな



おまけ
洗い物しながら見える景色にも
すこしだけ差し色

部屋に花やグリーンを飾るのは

その存在に癒されて、また逆に刺激されて

またがんばろうって思えるからかもしれません


一旦ひとやすみして、もうひとふんばり


そういえば

人生はもともと真っ白で
愉しさや喜びだけではなく
苦しさや切なさがトッピングされて初めて
生きてる実感があるみたいなことを

なにかの映画で言ってた気がする

楽しいとか幸せとか
プラスの要素だけだと
人は退屈になるらしい

私はその点、退屈したことがないな


たぶん人生も無彩色
そこにいろんな彩りをトッピング

神様がそのさじ加減を間違いませんように