雪が降った翌日の夕方
やまなみが紅に染まって、キレイ…
実物はうっとりする美しさでした
「 欲がある 」って、素晴らしいことだなって
思います。
私は最近、欲しい洋服もそんなになくなって
50後半だからか食べるものも、
そんなにたくさん食べられなくなり
もともと胃腸が弱いっていうのもあるけど
さらに無理がきかないのを感じるし、
あれこれ食べたいとか 昔みたいになくなっちゃって
あれが欲しい!あれが食べたい!あそこに行きたい!これしたい!あれもしたい!
って思えることって、すごいことだなって思う。
欲をなくすのがいい 的なことをよく聞いていて
それが正しい、いいことだと思ってたけど
今は、違うんじゃないかと思う。
もしくは解釈が間違ってたかも。
この言葉を言った いわゆる賢者は
もっと違う意味で言ったのかもしれないと
今は思う。
あれが欲しい。
これが欲しい。
そう思った時には
できる限り、それが自分の本当の心からくるものならば、叶えてあげよう。
今はそう心がけています。
まだまだ、頭の声に従って、
そんなの贅沢! お金なくなっちゃうよ!
高いよ! 失敗するかもよ!
の言うことを聞いてしまうことも多いけど
もう一度 自分の心はなんて言ってるか?を感じて
今はいいや と思えばやめるし、
欲しい やりたい と思うのならばえいやっ!と
買ったり やったりしています。
今までずっと、洋服を買う時も
これ、かわいい〜〜🩷
と思うものはたいがいのものはお値段もよく、
げ…… 高い……
という理由で諦め、
あれと似たもの〜 あれに似た、お手頃なもの〜
と探し歩き、まあこれでいいか。
とひとまず満足。
でも本当に満足はしてないから
これで いいか だから
これが いい ではないから
なんか不満で、なんか違くて、
また何かを探し求めて、お安くなってるもの
お得🉐!なものを買ったりする。
これで いいか と。
そして気がついたらなかなかの金額を使っている
だったら最初から、あの、これ!これが
欲しい!!
を買っていたほうがよかった。
あと少し足せば、あの、これ🩷
かわいい!これ〜🩷欲しい!!
が手に入っていたのに。
こんなループを、いったいどのくらいやっていたのか。
人生の大半において 私はこれをやっていました。
それは洋服に限らず。
あらゆることに及び、やっていました。
42歳の時に旦那が自死したことをきっかけに
ガラッと全てのことが違う世界に来たかのように
私の世界が変わらざるを得なくなりました。
どうしてこんなことになったのか。
息子も体調不良になり学校へも行けなくなり
どうしてこんなに理不尽なことばかりが起きるのか
その答えを探し求めて
その理由はなんなのか
自分なりに真面目に一生懸命やってきたのに
どうして どうして
その思いであらゆる本を読み漁り
色んな人のブログを読み漁る日々が続きました。
その中で気がつきました。
自分が自分を粗末にしていたこと。
お前なんかがいたせいで、お前が病気だったせいで家族が不幸になったんだよ。
お前は我慢して生きるしかないんだよ。
お前なんかが望んじゃいけないんだよ。
そう いつも自分に言い続けていたのです。
私は謙虚を履き違えていたようです。
自分が我慢すること、自分を後回しにすることが謙虚かのように思っていたのです。
家族がどういう思いで私を生かすために苦労してくれたのか
それに気がつけていなかった。
全て身の回りに起こることは、自分の
「 自己価値 」が影響していることに気がつきました。
洋服を選ぶ時や身の回りものを選ぶ時も
全てに影響していました。
それに気がつけたいまも、まだやってしまってることがいっぱいあるけど
でも、気をつけています。
まだまだチャレンジ中です。
こういう目で周りを見渡すと、私と同じようなことをしている人が多いんだな〜 と思います。
日本人て気弱で優しくて謙虚なんだな
そして素直。
世の中 ←世の中って誰??
で言われてることをあたかも真実のように信じてしまったり。
「 自分の中の当たり前を疑え 」
この視点、大切だと思います。
今日もありがとうございます😊
