あれは確か2014年か2015年、通勤の際利用していたフィンランドのヘルシンキ中央駅のATMでお金を下ろそうとした時のこと。一台だけ人が並んでいない機械があり、何かと思ったらビットコインのATMだったのです。ビットコインを通常のユーロに換金して引き出せるATM。それが私のビットコインとの出会いでした。

ヘルシンキ中央駅正面

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中央駅内部

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…それから3、4年たち、cryptocurrency(仮想通貨)が毎日のようにニュースや人々の話題になるようになりました。その間、主人は徹底的に仮想通貨について学び、勉強会に行ってみたり、ネットや経済誌であらゆる情報を集めています。素人の私に解説してくれるものの、ほとんど理解出来ず…情けない。

仮想通貨が人々の話題にちらほら出始めた頃からおもしろいなぁと思うのは、未知なるものに出会った時の人々の反応です。知識がないのに、ただただネガティブなニュースだけななめ読みして反論したり、悪いイメージを持つ人の多いこと!

私自身はほとんど理解できていないので質問ばかりしている現状、しかも質問の答えも理解できないため、反対意見を持つほどの知識もなく(お給料全部つぎ込むとか言われたら反論しますが!!)。

ただ思うのは、仮想通貨だけが騒がれている昨今、各国の金融データセキュリティ管理がもっと強化されないと、ハッキングのリスクというのは何にでも伴うのではないかということです。

もう一つ思うのは、未知なるものに遭遇した時に、半端な知識を身につけただけ、もしくはほとんど知識がないのに批判するばかりの人にはなりたくないな、ということ。これは仮想通貨を推進するわけはないのですが、理解できない→何やら訳の分からないあやしいもの→悪いニュースばかり→良くないもの、というような単純な思考を持ちたくないな、ということです。

去年読んで感銘を受けたこの本、『ふぉん・しいほるとの娘』。開国をめぐり、どれだけの知識人の命が犠牲になったことか。外国という未知なるものへの遭遇、接触をただただ恐れた日本、開国までに知識人を使ってもう少しリサーチしていたら、犠牲者を出さなくてもよかったかもしれない。

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と、こんな時代と仮想通貨を比較するのはかなり極端ではありますが。

子どもの頃からコンピュータオタクで、まだまだコンピュータが特別な機関や大学にしかなかった時代に、家庭教師を雇ってプログラミングを習っていたという主人。私と出会った頃はレーシックしていたけれど、昔の写真を見ると小さな頃から(今時売っていなさそうなくらいの)牛乳瓶の底のようなメガネをかけていたみたい。牛乳瓶の底のようなメガネっていう表現も今どき知っている人はいるかしら??

まだインターネットが普及する前の1993年に、オタク仲間と通信の仕組みを研究し、将来のインターネット普及の可能性に胸を躍らせたそう。当時高校生だった主人は、クラスメートにインターネットやメールの説明をしたところ、誰も理解せずに、感心されるどころか、よくわからないことを言っているオタクだと、冷ややかな目で見られていたそう。それからのインターネットの急速な普及は周知のとおり。初めはわけのわからないものであっても、普及すればカラクリがわからなくても生活に浸透していくものなのです。

と、そんな話で盛り上がった昨晩、「そういえばファックスがなんで送受信できるのかもまだわかってないよ!」という私に、いろいろと説明してくれましたが、まぁ、今時ほとんど使わないからいいか、と理解はあきらめました。しかし、私の父はコピーやファックスを商って私たち家族を養ってくれていたんだなぁ。

ともあれ、未知なるものに遭遇した時は、すぐに批判するのではなく、「へぇー、何なの、それ?」と好奇心を持っているおばさんになっていきたいなと思う、今日この頃なのであります。