私が中学生くらいまで
冬になると
母の手作りの半纏を着ていた
母は半纏ではなく
袖がないちゃんちゃんこを
着ていた
台所仕事には
袖が邪魔だからと言っていた
朝、父がストーブをつけてくれる
部屋が暖まると、、、
ストーブつけたから
起きなって
父が私を起こしに来る
目が覚めない私は
ストーブの前でうずくまっていた
母は
忙しそうに動いている
早く着替えなさい
背中を温めていれば寒くないから
といつも急かされた
いつしか母は
手作りではなく既製品を
買うようになった
また歳を重ね
軽いちゃんちゃんこがいい
と言い出した
軽いちゃんちゃんこを求めて
何軒か探す、、、
やっとお気に入りを見つけた
母が施設に入所した年の
クリスマスに
ダウンのベストを
プレゼントした
昨年
腰までのライトダウンの
ベストを見つけ
プレゼントしようと思った
義父が亡くなり
慌ただしい年末を送った
12月28日
購入したベストを持って
母に面会に行こうとした
施設まであと5分のところで
兄からの電話
施設でクラスターが発生したので
面会はできない‼️
母は大丈夫だからと、、、
ベストは郵送しようと思った
31日、母が陽性になった
と連絡が入った
祈るしかできない
3日の夜
呼吸が荒くなったと連絡があった
結局、入院できたのは
4日の日‼️
富士山が頭を
少し見せてくれた日
覚悟しろと兄に言われた
わかっている
覚悟するにはもう少しだけ
時間をください
お母さん
ちゃんちゃんちゃんこの後ろ姿が
妙に懐かしい