みなさん こんにちは

まるちゃんこと、

古代神秘学プラクティショナーの

Queen Zayne👑(クイーン・ゼイン)🩵です。


わたしはつい先日のブログの中でも

引き寄せと言えば🟰ユダヤ人🟰錬金術

というイメージを持つ、、と書いています。


わたしの名前、ザインがイスラエル🇮🇱の

公用語であるヘブライ語ということもあって、

ユダヤ人が気になるのかな?、、

理由はわかりませんが、何故か気になります💦


タイトルにあるように、

最近、こんな記事↓を見つけました。


武士道の元となる儒教は、ユダヤ人である孔子が説いた、ジュー(ユダヤ)教だったのです


ふんふん、と頷きながら、

この一節を読み終わって、

しばらくして


えぇぇびっくり

孔子って、ユダヤ人だったの?

わたしの見間違えではないよね?

と何度か読み返しました💦


これってほんとなんですかね?笑


わたしはこの孔子がユダヤ人云々よりも

この武士道の方に関心があって、

ネットで調べていたところでした。


というのも、

つい先日、たまたまYouTubeの動画のオススメ

に出てきた、三島由紀夫が海外のメディアの質問に

英語で答えている動画をチラッと見たばかりだったからです。


わたしの叔父の書棚には「葉隠入門」

という本が昔並んでいました。

これは、武士道について書かれた書だそうです。

一度も読んだことはないですが、

「侍スピリット」に、わたしは叔父の影響なのか

憧れを持ちます。


変な話、叔父はトイレにはバルチック艦隊、

ノンモンハンの真実、瀬島龍三の幾山河、

八甲田山死の彷徨、ほとんど戦争ものの本が

並んでいました。

毎日目にするので今でもタイトルを覚えてしまっています💦


その、並んでいる本を一度も手にしたことはありません!なんせ、場所が場所なので笑

ですが、その影響か、わたしの尊敬する人は、

「小野田寛郎さん」です。

わたしは去年わたしに身に起こっている問題で、

辛いとき、この小野田少尉のことが何度か頭に浮かびました。

あんな劣悪な環境で、しかも一人で何年もお国のためにといって、戦っていたというのはそんじょそこいらの精神ではできないことです。

わたしも挫けず頑張ろうえーんそう思ったものです。

この方こそ、侍スピリットそのものといった感じ。


話がそれましたねキョロキョロ


三島由紀夫のインタビューで話していたことはこちら↓


三島由紀夫は、武士の家系であり、

それを非常に誇りに思っていた、、

という、ナレーションから始まる。


三島 日本の文化、日本人の性質にも二つの矛盾する

   特徴があり、一つは優雅さ

  もうひとつは、残忍さである。

この二つの特徴は、時に極めて緊密に結びつくことがある。

日本人の残忍さは、感情からくるものであり、

決して組織化された残忍さではない。

残忍さは我々の女性的な面からくるものである。

優雅さは、我々の神経質な面からくるものである。


我々は時折、気品や美意識のような審美的な

側面にあまりにも敏感である。

時折、それに疲れてしまい、

そういったものから解放されるために

衝動的に爆発したくなる。


戦後、我々の残忍さは影を潜めたが、

それは、常に隠れているだけであると思っている。


日本の文化を代表するものが、

生花であったり、平和友好的な文化だけだと思われるのは気に入らない。

我々の中には、強烈な武士の精神が

いまだに存在していると思っている。


↑のように流暢な英語で三島由紀夫は

インタビューにこたえていました。


暴力がどうのこうのというのはさておき、

彼の美学がすごくよく伝わってくるインタビューでした。


わたしは今回なぜ、↑のようなことを

取り上げたかという理由については、

わたしはスピリチュアルについて、

ブログを発信しているからです。


わたしは、武士道に詳しい訳ではありませんが、

武士道についてこのように書かれた記事が

ありました。


・嘘を言わない

・利己主義にならない

・礼儀作法を正す

・人の悪口を言わない

・人の窮地を見捨てない

・義理を重んじる


省略しますが、

ざっくり↑このようなことが載っていました。


これは、自分自身への戒めの言葉も

だいぶ含まれているな〜といった

印象を持ちました。


また、これを読んで、

昔の侍と呼ばれた人たちは、

とてもスピリチュアルな人たち

だったのだなぁ、、とも思いました。


剣道とはそのむかし、死を賭した決闘のような

ものだったと三島由紀夫は語っています。

また、剣道家はみな、生と死の境界線を実際に

体験してみたかったのだろうとも話していました。


昔の人は、今とは違って、

死と隣合わせだったことでしょう。

それは、侍のみならず、

自然災害だったり、今のように医療が発達

してない時代に生きた人たちにとって。


だからこそ、いつお別れがくるやも知れない

自分たちの家族を思う気持ちはひとしおだった

ように思います。

その意味で、皆腹がすわっていた。

男でも女でもある種の覚悟を決めて生きていた。


現代の人たちだって、家族を思う気持ちに

変わりはないと思いますが、

やはり、昔の人に比べたら比になりません。


わたしの祖母は弟を戦争でなくしたと言って

いました。

ある日、誰もいない部屋の扉がガラガラッと

音を立てて開いたのを家族皆んなが

聞いたと言います。


そのとき、「あ、しゅうが戻ってきたんだね、、」

そう言って、弟の死を悟ったと言っていました。


昔の人は、常に死と隣り合わせだったために、

自分と向き合う時間がたくさんあったのだと思います。

なので、勘のようなものが働くのは、

通常モードだったかも知れません。


わたしが幼稚園くらいの時、

祖父が亡くなりました。

わたしは祖母の家に兄と父と一緒に泊まり

川の字で寝ていました。


わたしは寝てしまっていて、

わからなかったのですが、

2階の階段から誰か人が降りてくるような

足音が聞こえたそうです。


父が泥棒だと思い、

「誰だ〜!物申す」と怒鳴ったら、

足音は止み、それと同時に家の電話が鳴り響いた。


また、祖父の危篤を知らされた叔父が

外出先から戻り、鍵を持ってなかった為、

玄関で扉をガチャガチャ開けようとしていたそうです。

それらのことが一斉に起こった、、とのことでした。

家に鳴り響いた電話を父が出ると、

それは、たった今祖父が亡くなったことを

知らせる、病院で祖父の付き添いをしていた

母からの電話だったとか。


わたしはホロスコープで太陽星座と

水星がどちらも双子座で12ハウス。

12ハウスはあの世とどうしても関わりが

深いようで、すぐにこんな話になってしまいます💦


昔の人たちは、死と密接だった、、

とはいえ、現代に生きるわたしたちだって、

いつか死と向き合わなければならないときが

くるのです。


それは、家族であったり、

愛するペットだったり。

少しでも長く一緒にいたいですよね。


以前、霊能者さんが言っていたことを思い出しました。

「行ってらっしゃい!気をつけてね!」

この「気をつけてね」、、

その愛のある言葉でわたしたちの寿命と

いうのはそれだけで延びるのだと。

妙に納得するお話でした😊



ところで、うちの叔父は、

学生のころ空手🥋をやっており、

大学の近くということで、

武道館で練習をしていたら、

なんと、みれば、三島由紀夫が

練習をしにきていたとの事でした


えぇ!おじさんすご〜い😳


わたしが聞き出さなければ、

このことは知らずじまいだったことでしょう。

なんで言ってくれないの?

「どんな人だった??」

わたしは興奮気味に次から次にその後も

叔父を質問責めにしたのでしたびっくり



左が叔父です。

何故かわたしの家に、母の若い頃の写真、

叔父やら祖母、また、これだれ?って思う知らない人までもの写真があり驚きすべてわたしが管理しています。

先日、すべて処分してしまおうか迷いましたが、

やはり残しておいて良かったです。



最後までご覧頂きありがとうございます!

素敵な1日をお過ごしください🩷✨😊