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海外生活 時事と常識

日本であまり知られていない海外の常識、文化、社会等の情報をお届けし、21世紀の世界標準に準ずる日本社会、国民を築く為のお手伝いとして、多くの人に読んでもらいたい、ブログです。

 

息子の誕生日にお友達にもらったゲーム

「Chutes and ladders」

 

日本で言う所の「すごろく」です。

ただ、はしごとシュートなる物がある所が違います。

シュートとは、辞書には「上から下に物を滑り落とす装置」とでてましたが。。。

例えば、NYの古い建物には必ず存在する(していた)もので、

上からゴミを落とし、地下の大きなゴミ箱に直通している通路の様な物です。

衛生的問題から現在はその穴が塞がれている所が殆ど。(容易に想像出来ます。)

ゴミの他にも、手紙や、洗濯物等に使う所もあります。

 

そして、このすごろくでは、梯子に止まると、梯子の上までワープができ、

シュートのある所に止まると、シュートを滑り落ちて下に戻ってしまうわけです。

 

このすごろくは、起源はインド(wiki調)。

インドからイギリス、イギリスからアメリカに渡った物で、

オリジナルでは、シュートではなく、スネーク、つまり蛇を使っています。

その名も、「Snakes and ladders」、そのまんま。アメリカでは、

「改善」という名のもと「蛇」ではなく「シュート」に置き換えられました。

 

アメリカでは、こういった「改善」「翻訳」「適合、適応」が本当に多いです。

つまり、オリジナルの拒否、アメリカ化してしまうのです。

もちろん、どの国でも、何かを海外から輸入する場合、

自国文化に順応するように工夫、改善をこなすのは当たり前の事。

ただ、アメリカのアメリカ化は極端と感じる事が多いです。

同じ言語、極似した文化のイギリスでまかり通っているものを、

なぜ、「翻訳」「改善」「適合」する必要があるのでしょうか。

「そういうものなんだ〜」とそのまま受け入れられず、何でも「オリジナル化」

してしまおうという考え、態度は、思った以上に危険な事ではないかと、

感じている今日この頃です。

 

「アメリカ化、適合」で思い出すのは、有名な「ハリーポッター第一作」の逸話。

原作タイトル(英国)は『Philosopher's stone』。日本語訳も「賢者の石」です。

それが、アメリカでのタイトルは『Sorcerer's stone』に「翻訳」されました。

philospher's stoneとは、実際に主に中世ヨーロッパから伝わる概念であり、

J.K Rowlingが勝手に作った言葉ではありません。その言葉の歴史から、

「歴史」「中世」「錬金術」「伝説」を連想させる響きがあるのです。

一方「sorcerer's stone」というものは歴史上存在するわけもなく、

この本、米国版ハリーポッターオリジナルになるわけですが、その言葉からは、

歴史、中世等の響きは全くなく、かわりにsorcerer(魔法使い)という

子供っぽい印象を与えるのみです。

 

何故翻訳されたかの議論は後を絶ちませんが、一番有力なのは、

「アメリカの子供にうけないから」です。「賢者」は堅過ぎて、

「魔法使い」と言った方が、皆おもしろがる、という意見。

 

歴史上に存在する「philosopher's stone」をおもしろがらない

↓

おもしろがるように、子供を教育する、面白さを教える

いい機会だと思って、子供に新しい事柄を学ばせる

 

が、正しい流れだと思うのは私だけでしょうか。

 

Snakes and laddersだって、イギリスの子供は時に「何故蛇なのかな?」

と思ったりするでしょう。そこで、そのゲームの歴史について考える事、

調べる事、で、そのゲームがインドから来ていることを知るようになり、

自分の国の外にも国があり、文化があり、自分の国の中にもそれが

沢山存在している、という事を知るいい機会であるのです。そして、

そういった機会を子供の頃から沢山与えられて育つという事は、

21世紀の国際社会では、とても大切なことであることは否めないでしょう。

 

何でも「アメリカ化」してしまうということは、子供達に、また大人でも、

人々に疑問、不思議を残さない、つまり「他国、他文化を感じさせる空間」

を全て奪ってしまうことになります。自分の世界が、他国、他文化が共存して

成り立っている、という事に気付かないという事は、文化的、歴史的に、

「自給自足」で生きていると錯覚し、自国以外に大事な物が存在しない、

自国が一番、という国家主義にも繋がって行く事になるでしょう。

 

これは、アメリカに限らず、世界中で起こっている、

「マイルドな国家主義」だと言えなくもないでしょう。

だからといって、これがすぐにどうのという危険性はないように思えますが、

これから国際化して、地球が一つになる為には大きな障害と言えるでしょう。