僕は野良猫。 

僕が生まれてすぐ僕以外の二頭の兄弟は

 空からやってきた黒い鳥に

一頭はクチバシに咥えられ もう一頭は

片足で鷲掴みにされて遠い空に連れ去られてしまったんだ。 

餌探しから戻ったお母さんは

ひとしきり探したあと

何かを悟ったように残された僕を

ザラザラとした舌で一生懸命舐めながら哀しそうにしていた。 

それからは、どこに行くにもお母さんと一緒。 

お母さんのおっぱいを独り占めにして

僕は大きくなった。

 

お母さんの尻尾は黒くてすらっと長い。 

僕の声や仕草に合わせてとてもよく動くおしゃべり尻尾だ。 

だけど、僕の尻尾ときたら

何だかぐるぐると丸くてお尻にくっ付いたまま。 

 

うーんと力を入れて尻尾が伸びるように頑張ってはみるけど 

くるくる動くばっかりで伸びる気配すらない・・・。 

ある日、お母さんにそのことを話すと 

大きくなったら

お母さんみたいにまっすぐになるかもしれないけれど 

お母さんはこのくるくる尻尾も大好きよと言ってくれた。 

 

そして、小さい僕が迷子にならないようにと

その長い尻尾を僕のくるくる尻尾にからめては

いろんな場所に連れて行ってくれた。 

たくさんの動く箱が

行き交う道を渡る時には 

慌てずに耳を済ませて右左をよく見てから渡らないと

あっという間にペチャンコになって

みんなにサヨナラも言えなくなるから

必ず気をつけて渡るのよとお母さんは教えてくれた。 

僕が大きくなると 餌の場所やお水のある場所も教えてくれた。 

餌を置いてくれる人はあちこちにいたけれど・・・。 

僕とお母さんをお家に入れてくれる人はいなかった。 

 

外は危険がいっぱいで

ゆっくり眠ることはなかなかできない。 

 

僕とお母さんはいつでもすぐに逃げられるように

耳をそばだてながら

物陰に隠れるように暮らし眠った。 

そんなある日。 

いつもの時間に餌場に行くと餌が無い。 

そこだけかと思い他の場所も見たけれど

どこにも餌が置かれていない。 

 

僕とお母さんは途方にくれた。

虫をかじったり

草をかじったりもしてみたけれど

お腹いっぱいにはならなかった・・・。 

どうやら、餌が無くて困っているのは僕たちだけでは無いようだった。 

空腹からか、他の野良猫たちもみんなイライラしていて

あちこちから不機嫌な鳴き声や喧嘩する声が聞こえて来る。 

 

いつも餌を抱えてやってくる人間も来ない。 

 

似た人を見つけて近寄ったら

蹴飛ばされたり水をかけられたり

酷い目にあったという子もいたから

出来るだけ人間には近づかないように暮らした。 

 

そんな日が二、三日続いた後。 

いつもの餌場からいい匂いがしてきた。 

その匂いにつられて行ってみると

見たこと無い、箱の中に餌がぶら下げられている。 

れも、町中のあちこちに箱が置かれていて

お腹を空かせた猫たちが

その箱を遠くから眺めながら思案していた。 

あの箱には鶏肉。 

あの箱には魚。

あの箱には僕の好きな缶詰か置かれていた。 

僕がどれにしようかワクワクしながら箱を覗き込んでいたら

お母さんは僕を静かに止めた。

その時は、わからなかったけれど

それがなぜかはすぐに分かることになった。 

 

あの箱が置かれた日から、

近所の猫たちがいつの間にか次々といなくなっていった。

 

僕はお母さんの言いつけを

守ってあの箱には近づかないようにしていた。 

でも、お腹はとても減っていた。

お母さんに聞こえないように

ふざけてみたりして誤魔化していたけど

そんな僕をお母さんは心配そうに

いつものように僕を舐めてくれていた・・・。

 

次の瞬間、

意を決したようにお母さんは餌を取りに箱に入った。

そして

お母さんが慎重に餌を咥えて逃げようとした瞬間。 

 

ガッシャーン・・・・。 

 

箱の入り口がけたたましい音ともに閉じられてしまった。 

お母さんは、全力で暴れて

必死に扉をこじ開けようとしたけれど 

扉が開くことはなかった。 

お母さんは箱の中で

力なくうなだれながら

不安げにこちらを見つめていた。 

僕は外側から 手を伸ばして

お母さんを助けようとしたけれど扉が開くことはなかった。

 

僕が諦めて、他の場所に餌を探しに行っていた間に

お母さんの入った箱は跡形もなくなってしまった。

 

お母さんがいなくなって数日。

 

 僕は、餌を求めて

いままで一人で行ったことのない通りの向こう側に渡り

新しい餌場を幾つか見つけたけれど

縄張りの外から来た僕は

元々いた猫達の残した餌を

もらうことくらいしか出来なかった。 

 

ある日、屋根の上で毛繕いしていると

同じ餌場にいた猫が

青い屋根の家の中で寝ているのが見えた。 

 

あっ・・・。

 

じっと見ていると

その猫も気がついてこちらを見返し小さく鳴いた。 

その瞬間、窓辺に女の子がやってきて

その猫を抱き上げると部屋の奥へと行ってしまった。

 

 

人間の家に入って何をしているんだろう・・・。 

 

 

人間にはいい人間と悪い人間がいるから 近づいてはいけないと

お母さんは言っていたけど窓辺のあの猫は何だか幸せそうに見えた。 

お母さんがいなくなってから何日かたったある日

またいつものように通りの向こうの餌場に行った帰り道

どこからともなくお母さんの匂いがした。 

 

あ・・・?お母さん? 

 

僕がクンクンキョロキョロと辺りを捜し歩いていると 

赤い屋根の家の窓のカーテンの隙間から

黒くてすらっと長いシッポが見えた。 

 

あのシッポ・・・・・。

 

 僕がじっと見ているとカーテンが捲り上がり

現れたのは僕のお母さんだった。

 

お母さんは窓の向こうから僕を見つけると

窓辺でくるくると回り

ジャンプしたり カーテンを引っ掻いたりして

僕に合図を送ってきた。

僕は向かいの屋根に駆け上がりお母さんに向かって一生懸命鳴いた。 

お母さんも僕のそれに応えるように優しく長く長く鳴いた。 

しばらくすると、お母さんは

不意に窓辺から離れ 部屋の奥に消えてしまった。 

 

僕はもう一度お母さんに会いたくて声が枯れるまで鳴いていた。

窓越しにお母さんに会いに行く日が続いたある日

いつもとは違う窓から音がして

覗くとお母さんが顔を見せてくれた。 

お母さんはまるで手招きするように

あの長いシッポをフンフン振りながら また隣の窓へ僕を誘った。 

お母さんについてお隣や

向かいの家の屋根へと飛び移りながら

窓から窓へと移動するとやがて

その家の玄関に出た。 

 

ふと足元に目をやると

おかしな形の長い紐の付いたキラキラしたものが落ちていた。

 

僕たち猫は昔から長い紐を見ると

なんだかカラダ中がゾクゾクして触らずにいられない・・・。 

僕はお母さんの事なんてすっかり忘れて

その長い紐を相手に遊び始めてしまった。 

長い紐は爪や尻尾に引っかかり

カチャカチャと心地良い音を出したりするものだから 

僕はますます夢中になった。 

ふと気づくと、僕はその紐にぐるぐる巻きになっていた。

 

しまった。 

 

僕は必死に紐を解こうとしたけれど

ぐるぐる尻尾に絡みついた紐は

取ろうとして暴れれば暴れるほど

固く結ばれて解けなくなってしまった。

 

疲れ切った僕は 

いつの間にか紐に絡まったまま眠ってしまっていた。 

 

紐が・・・・ほどけないよ・・・。

あーあ・・・もう疲れちゃった・・・。 

お母さん・・・僕もう眠くなっちゃった・・・。 

グースーピー・・・・。 グースースー・・・・。

 

 

クンクン・・・んっ?

なんだか

懐かしい匂いが・・・。 

 

眠ってしまってからどれくらい時間が経ったのか・・ 

ふと気づくと僕のほっぺをザラザラの舌が舐めている。 

 

誰・・・? 

 

閉じていた目をゆっくりと開けると

そこにはお母さんがいた。 

 

なんでも、玄関で紐にぐるぐる巻きになった僕を

家の人が見つけて お家の中に入れてくれたらしい。 

僕がお家の人に運び込まれると

お母さんは大喜びで駆け寄り僕の耳元で鳴き続け

僕を一生懸命舐め続けてくれたのだ

そうして

その日から、

僕はお母さんと同じ家で暮らせるようになった。 

久しぶりに会ったお母さんの尻尾は

相変わらずスラット長くて綺麗なまま。 

 

僕の尻尾は大きくなった今も

丸まったまんまだけれど 

あの日僕の尻尾に、

あのおかしな形の長い紐の付いた

キラキラしたものが引っかかっていなかったら

お母さんとこうして

一緒に暮らせなかったんだから 

僕はこのぐるぐる尻尾のまんまでいいと思っている。

 

ぐるぐる尻尾は僕の大切な宝物。 

お母さんの尻尾とは少しだけ違うけど

ぐるぐる尻尾は幸せを運ぶ「鍵尻尾」。 

ぐるぐるぐるぐるニャンニャンニャン 

ゴロゴロぐるぐるニャンニャンニャン。

 

via LM mama's Ownd
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