災害が長引くほどに
子供達の心の問題が
クローズアップされる機会が増えますが
子供達が何より一番恐れているのは
身近な大人達の怯えた姿であり
身近な大人達が傷ついている姿です。

しかし、それよりも深く子供達を
傷つけるのは
子供だから…と、現実の共有を
あえて避けようとする大人の態度であり
現実的に必要とされず
大人からすれば慰めの対象
でしかないといった無能感です。

災害時、子供達の心を慮り
腫れ物に触れるような態度を
推奨する専門家は多いですが
大変な時だからこそ
真実をしっかりと伝えること。
共に生き延びようと
毅然と冷静に現実と
向き合う態度があればこそ
子供は大人を
信頼することが出来るのです。

優しさからの嘘は
いずれ子供達を深く傷つけます。

大人自身が
現状を受け止められずに
誤魔化しを多用すれば
子供達は、大人の不誠実さに憤り
大人への不信感から
様々な、問題行動を起こします。

子供達の退行といった
行動の変容は
災害が起こすのではなく
身近な大人からの
明確で毅然としたメッセージが
得られない時に発症するのです。

子供や犬の問題行動は
災害時ばかりの問題ではありません。
災害や、避難といった環境以前の
親や飼い主自体の対応の不備が
原因であると言えます。

子供は不自由な存在ですが
大人よりもある意味においては
精神的に逞しい存在です。

災害時、子供が笑顔でいるのは
幼く訳がわからないわけでは
決してなく、
いま、生きている
だから、大丈夫と
心底思っているのです。

子供達の心を守るためには
とにかく、正直に接すること
庇ったり、子供扱いせず
不遇な生活や環境を是正するために
子供や大人の区別なく
出来ることを探し協力し合うこと
そして、褒めたりせず
その貢献に感謝することです。

生きている限り
パーフェクトな人はいませんし
一人として同じ人はいません。
得て不得手は子供に限らず
誰にでもあるのです。

家族だから
他人だから
大人だから
子供だから
犬だから

災害時こそ
本来は何の区別もなく
助け合うしかないのです。

区別や差別する気持ちが
あればあるほど
こうした災害時の
精神的な負担は倍増します。
だからこそ普段から
そうした、区別や差別のない
生き方を学ぶ必要があるのです。

子供達は名前なんか知らなくても
友達になります。
犬達も同じです。
区別や差別を抱えていないから
どんな状況下でも
明るさをすぐに取り戻せるのです。

「子供達の明るさに救われる」とは
よく聞く話しですが
その明るさは
子供達の幼さからではなく
子供達に秘められた精神の
原子的な強さに
由来しているのです。

身近な人の役に立てたという実感は
どんな状況にあっても
子供達を強く明るく励まします。

子供は我慢しているのだから
慰めるという安直な発想ではなく
大変な時だからこそ
それをしっかり受け止めて
正直に子供達と向き合う勇気を
私達大人の方が
持たなければならないのです。

子供扱いすれば
大人であっても
愚かな子供のフリを
するようになるのです。