今日は わかることがあり 納得の中


午前中 眠くて寝ていた


起きると  何故だか どこかに行かねば・・という


感覚になった。



ふと お正月に行った 天王平がみえた


歯の方は 昨日の治療で 痛みが治まっていて


気持ちは幾分ましになっていた。


行かなくちゃ・・


そう思った


行く道すがら Kやが 今日の夢を教えてくれた


それは 小山が三つ  真ん中の小山の 後ろが暗いという話


瞬間 天王平の 出口さんたちの奥津城(墓)が浮かんだ


ああ・・・ 手前左が 王仁三郎さん  右が なおさん


その真ん中に  二代さま  その後ろに三代さま 尊氏様と続くが・・


二代さま以降の墓の後ろが 黒いんだ・・二代さま 三代様・・かな


なるほど・・・行かされてるんだな。


その後 車で急ぎ着き、天王平の中へ・・・


祈りに行くと 丁度神主さんが 祝詞を奏上しているところでした。


後ろでお待ちして 祝詞が済まれてから 私たちも祈った。


祈ると 静かな雨が降っていたが 止んでいて


Kやが 丸印を真ん中に(二代さまのところ) 下に○がありなおさんだと


その二代さまの上に ○があり王仁三郎さん


その線の なおさんと 二代さまの丸は繋がったが


上の王仁三郎さんとは まだ繋がってないよという。


Kや スゴイネ! 視えたね!


わたしは 何かを運びにいく感覚だったので


帰り道 何かを受け取って預かった感じがした。


よく わたしは 神様に人間聖櫃にさせられるが


二代さまを運ぶんだな と思った。


そしてわかった・・なるほど こういうことだったかと 納得した。


この三日 歯の痛みで 絶食をさせられていたのだったが


このためだったようだ。


人間聖櫃 御魂もクリアでないといけないが


おなかの中もクリアでなくてはいけないのだからね。


かつて 神社参りを徹底的にさせられた頃


完全なベジタリアンにさせられていたから 同じ原理だろう。


歯の痛みのせいで辛かったが


痛いからこそ 絶食も苦にならなかった・・。


こういうことを思うと 自身に起きたことを


人間考えで ぐたぐた思わないほうがいいのだとつくづく思う。


長野 Aさんに神降ろししたときも おっしゃっていたな


オオヤマズミさま


「神は 無理も無駄もなさらない」


確かに その時期がきたら 有無を言わせずに させるものなのだ。




さて 以上の経過により  そのあと 


亀岡の瑞泉苑が霊視にて見えたので Kやの言うように


つなぎに 王仁三郎さんのところ 亀岡に行かないといけないと感じた。


まずは 綾部の大本 なおさんの場所


梅松苑にゆき 拝殿ではなくて 大八州の場所のみろく様にお祈りしにいった。


行くと やはり 神主さんが 先に祝詞をあげていらっしゃる。


先にお祓いを済ませてくださっているかのようだな・・。


その後で私たちも祝詞を奏上させていただいた。



Kやは みろくさまの やしろには誰も居ないと感じていたようだ・・。


わたしは さすがに綺麗な気とともにいいものは納まっていると感じるが


今はもう出られているような感覚があった。



さて 急ぎ亀岡へ むかった。


Kやが 天王平も 梅松苑もどちらも神主さんが先に祝詞奏上を


してくださって居るときに着くので、亀岡もそうだと面白いねって言っていた。


私は心の中で 「たぶんそうなる・・神が必要だと思うならそうするだそうし・・」


そう思っていた。


亀岡に着くと もう五時を回っていたので 入り口自体が


開いているのか気にになっていたが


着くと皆で夕方の礼拝の時間だったので 大丈夫だった。


いつものごとく中に入り お祓いを受けてから神殿に入った。


みなさんが 祝詞を奏上中で 


私たちも 祝詞も 一緒に奏上させていただいた。


出口王仁三郎さんが 笑ってると Kやがいう


私も 体が軽くなった。


二代さまを 降ろし


二代さまとなおさんと王仁三郎さんを つないだようだ・・。


良かった^^


なんの意味があるのかわからなかったが


たぶん 大いなる意味があったのだろう・・


いま家に帰って サイトを開いてみると


なるほど


こういう記述があった


私もこの件については 気になっていたので


納得した



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霊界物語は最後の審判書であると同時に弥勒胎蔵経とも称されていました。

また、霊界物語は【神書】ともいい、あらゆる悪に拮抗するだけの霊力と

神徳を拝読者は得られるはずでした。

しかし、愛善苑を発足させる必要性があったという事実そのものが、

過去の大本の継続では王仁三郎が提唱した愛善の現実化には程遠く、

また、霊界物語は最大限各信徒たちに浸透されないと判断したと考えられます。

つまり、霊界物語があってもそれを十分に発揮できない当時の大本信徒が

そこにはあったということです。

 道統はあくまでも愛善苑という新進気鋭の資質があってこそ五六七神の

加護があったはずでした。しかし、二代、三代と共に王仁三郎に対して

非協力的である資質は後にある種の【不安要素】を多量に包含するものだったのです。

 二代澄没後、大本愛善苑は【おほもと】として再出発することになります。

三代、出口直日の意向でした。彼女のこの意思も過去の大本を復活させたいという

念願がこのようにさせたのでしょう。この時点で大本は明治大正時代の濁酒(どぶろく)を

再現。愛善苑を発足させたいと念願していた王仁三郎とは全く逆方向に

大本を向かわせることになります。

 先の論文(龍蛇の猖獗)でも紹介しましたが、三代直日は紛れもなく、

霊界物語に登場した悪女、ウラナイ教の教主、【高姫】に相当します。

そんな彼女の霊性とは金毛九尾の悪狐であり、高姫は生まれながらにしてウラル彦、

ウラル姫の霊系であると自ら暴露しますから、彼女は血統的には出口家ではありながらも、

その霊統としては兇党霊だったのです。王仁三郎とは全く逆行する路線を進む三代直日。

濁酒(どぶろく)は兇党霊、動物霊の気質が非常に強いものでしたが、

ここにその悪因習は再び勃興することになり、後の大本は騒乱の時代へと

突入することになります。

 【てんのみろくさま】とされた王仁三郎をまるで信じていなかった二代澄、

ご神体とも呼ばれた楽焼茶碗、【ようわん】製作時においても全く理解しようとせず、

また、霊界物語【天祥地瑞】の筆記の際においても妨害し続けてきた彼女の気質。

ウラナイ教の教祖にして高姫の御魂に相当する三代直日。

そして、その原因の端緒は出口直開祖にあった。

 これは流れになります。道統の流れです。開祖、二代、三代、いずれも

王仁三郎をまるで理解していなかった時期がありました。

開祖は大正5年の神島開きにおいて、王仁三郎の御魂が【てんのみろくさま】の

御魂であることに気付きましたが、二代はそれすら信じていなかったらしく、

彼女が王仁三郎を【てんのみろくさま】であることを本当に認めたのは

王仁三郎昇天直後です。亀岡天恩郷の月の輪台から昇天していく王仁三郎の

黄金の光を夢でみることによって彼女はようやくにして王仁三郎の御魂の本質を

悟ることになります。また、三代に至っては最後まで王仁三郎を理解することなく

昇天していったと思われます。霊界物語で記される高姫の動向とは、

霊界物語第72巻【筑紫潟】に記されるように、最後の最後まで自己を省みることなく

また、悟ることもなく物語の流れが終焉するところに着眼すると、

高姫に相当する三代が王仁三郎を認めた可能性は限りなく低いと見るべきでしょう。

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大本の中にすべてがあると 出口さんは言っていました。


それを考えるとき なるほど と思います。


善と悪が 混同していた 大本教 型であった大本教・・。


その中で Kやの夢見のとおり 二代さま以降は 曇っていたのかもしれません。


小山の二代さま以下は 濃いアメジスト色だったといいます。


私は 濃いアメジスト色といえば 仏教系のときにその色で見えるので


竹生島の仏教側の弁天様が アメジストで見えたように


二代さま自体の御魂は 仏教系のいい方じゃないものたちだったのだろう。



そういう状況で見えるので


二代さまの御魂も 上記書いている通りだったのかもしれません。


まだ悟れて居ないということだったのか



怪物といわれた 王仁三郎さんを


認められない・・逆をいえば 真理を解らない


解らないでご昇天されたのかもしれません。


なぜか 二代さまの御魂を抱き参らせるために


亀岡に連れて行ったのかもしれません。


そういう祓いを させられたように思います。


どうも 感覚としては 運ばされた・・感じ


綾部から亀岡へ・・・奥様のすみさん なおさんの子供


点をつないだのでしょう。


真ん中が澄さんの○  下になおさんの○  上に 王仁三郎さんの○


見事に線でつないだ・・。


もうひとつ行ってわかったことは


丁度 亀岡で 出口一門作品展として 上記に書いてあった


楽焼きの抹茶椀 などの展示をしていました。


楽焼の抹茶椀は  大本のご神体  みろくさまとも言われています。


丁度 今年は 大本教開教120周年ということです。


その前に 二代さま以降のみなさまを


つなぐ役目と 祓いを してほしかったのかなと


今は感じます。


釈迦の御魂を保有している自分がわかったときに


自分のなすべきことが わかりました。


そして それが どの道に繋がっているのか


これで 真実わかったと思った。


世の中の建て直しは 


ひふみの道  ここしかないのでしょうね。


だからこうして ひふみの道を もっと広めようと


この道に繋がったのだと思います。


王仁三郎さんを使って  悪の根源を抱き参らせる方法を使った


神々たちの 大いなる大仕事


出口王仁三郎さんは わかっておいでだったのでしょうね。




そういえば先日 私が家庭のことで苦しいという思いを 募らせていたときに


どん! と降りた 神々の言葉


「すべて受け止め そしてわかった上で中に入り治してゆく それが悪を抱き参らせ候だ」


そのことは まるで 王仁三郎さんが受け止めて


生きてきた足跡そのものではないか


なおさんという存在を前にして  世間からは 認めてもらえずにいた


王仁三郎さんは 家族からも 妻からも子供からも認めてもらえてなかったようだ。


なおさんのほうが 凄くて 王仁三郎の力のほうが下


火と水の 働きの二人でも 彼らには わからないのであった。


それは まさしく 今も 歴然とあるのでしょうね。


言葉巧みに人を操る 有名ブロガーたちや


霊能や行などの陰陽道 修験道などで 人を惑わすものたちに


操られ 本物を見ようとしない・・・本物がわからない人たちと同じ・・。



大本は 型である・・そういった 王仁三郎さん


まさしく 彼の家庭そのものが そのままだった。


私も今それを味あわされたのかもしれないが


今は それも落ち着き 納得の上で生活をして


生きている。


悪を抱き参らせて  抱きこんで己の身と ひとつにするのだ・・。


それが 役目なのかもしれません。


だから苦しくても 負けてはいけないのです・・。



大事な部分は真から清くいたいものだと思う。


今日は 仕事をさせられた


先月末からの不調は 神たちの世界での 戦闘だったのだと思う。


そして 年末に 降りたメッセージ


「我は地の神」 そういわれたあとに 天王平に行かされた私たち


なぜか解らなかったが


こんな記述が またあった


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一九一八(大正七)年一二月二日(旧一〇月二九日)には、教主に開祖の神懸りがあり、

「旧十月の三日、新の一一月六日の五ッ時、神界の経綸が成就いたして、

今後の世界の大戦争を一寸止めさしておいて、其の晩の四ッ時(十時三十分)に

天からの御迎で出口直は稚姫岐美命の御魂と引添うて天へ上りたぞよ。

是からは天の様子も明らかに判り出すぞよ。一旦出口直は天へ上りたなれど、

直の御魂は三代の直霊にうつりて地の御用を致さすぞよ。直の御魂は、

天にありては国常立命と引添うて大国常立尊大出口神となりて世界の守護を致すなり、

地に降りては変性女子の身魂に国常立尊が憑りて、立直しの御筆先をかかすなり、

出口直の御魂は木花咲耶姫殿の宿りた身魂の三代直霊に憑りて、

直霊主尊となりて地の神界の御用を致さす経綸が成就いたしたから、

是からの大本の中は是までとは大変りが致すぞよ。」と、経綸についての神諭も発表された。

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「我は地の神」と私に声をかけた 神様は黒く


黄色い光の眼が光っていたお方だった。


ものすごいエネルギーがきて  


直後 Nみが 催眠状態で人を治すような


私と同じ事をしていたので


何のエネルギーが来たのかと思っていた。


どうも 三代直日=直霊さんに降りられたので  直日さまの


お呼びだったのが年末だったのかも知れない。


直=なおさんのことだが  なおさんは 天のお役


直日=直霊さまは 三代様 地のお役になったと書かれている。


この記述での 王仁三郎さんは 経綸をかくお役とある。


地の神と言った方は  「これからの世が変わるのじゃ」と


私に霊夢のなか伝えてきていた。


その後 不調が来ていたのでわたしの腕 背中


激痛で 生きた心地がしなかったが


それを含めて  みなでその調整をしていたのかもしれない・・。


人の思いや念 それらを一時預かりして 本当に苦しい思いをした・・。


生半可な痛みではなかったので 戦う己が


表面だけのことだけを捉えていたら 戦えなかったと思う。


神ごとだと思うから 我慢もして 戦えたのだと思う。


そして 励ましてくれた仲間が居て


見た夢を しんどいながらもお知らせくださり


力を貸してくれたことが 


私の力になったのだ・・。


ありがとう 本当に 感謝です。


戦っていた 仲間 お弟子さん 身内のみなさん


大変だったと思いますが 


これから開けます。


そして 辛い思いを こつこつと 辛いと思わず


頑張ってくれた皆さん


自分もつらいのに 他者を思いやってくださったみなさん


私を気遣ってくれたみんな


ありがとう。



これから 皆さんの願いひとつひとつ 叶っていくよ


そう 神様がお伝えくださっています。


痛いことを乗り越えないと  夜明けは来ないのですから・・


みんな 有難う



大本の 瑞泉苑で祝詞を奏上したら メッセージが降りてきた。


「これからの しんどさを乗り切るのには


皆に 伝えよ  神言を奏上することを 忘れるなよ」・・・と。


瞬間 出口王仁三郎さんが伝えてくれた・・。


神言とは 大祓えの祝詞のことです。



同時にKやが 何も言わないのに 


王仁三郎さんが 笑っている顔が視えるよ・・という。




今日の御仕事は 終わった


今日からご飯 食べさせてもらえそうだ(笑


私のお仕事は まだまだ続く 


これからは ひふみの道を もっともっと 


たくさんの人に知らせる道  それを 歩んでいかなくては


ひふみを知って 26年目 次なるステージなのだろうと思います。


普通に生活して そして このことも進ませる


まさしく それが 聖道なのかもしれない。


あるくのみ 頑張るよ みんな!!!



ありがとうね !!




追伸 


書いていると メッセージが降りるので

順次書いていきますが


年末前から来ていた 催眠講義での

明智の祓い・・・三成の祓い・・

秀頼さん 真田家一門 

それらを含む 系統の血の汚れの 除去

それらは なおさんの一族 九鬼一族の祓いに繋がるのか・・

九鬼は 有馬とも繋がっている 有馬=熊野だ・・

この系統に潜む 先祖神の戦い 思い・・ 

また その系統を含む戦

それらを片付けてきたのか・・



思いの重さ

それらを 解放することが 必要だったのだ・・。と いまさらながら 思う。


大本教 本部 亀岡の城跡は 元 明智の城・・。

それを意味があるからと 買い取ったのは

王仁三郎さん


今は 王仁三郎さんの 瑞泉苑となっていますから・・。


大いなる 意味があったのだと思います。


立替は 人にやらせる・・


ひふみの神は そういっています。

きっと そのことが やらせられてきたことへの

答えなのでしょう


そう思います。