なにせ 歴史大好きで 

歴史系の本を読むとわくわくする私

子供のころは ツタンカーメンのなぞ・・みたいな本を読んでは

わくわく どきどき

いつしか 読書の虫に・・。

中学の図書館の本は 完読!


その中でも歴史が一番わくわくさせられたかも・・


記紀は信じていない私は あちこち旅をしながら

神社を参り 歴史に触れながら

己の中で 歴史を勉強 考察してみた。


神社などは無くされる事も少ないので

その神社の祭神と その地域に残る伝承など

面白い言い伝えや 記述が残っていたりする。

その中から 感じるのは

古事記の不自然さ

変だ変だと思ってきた。

でも 考えたら 藤原の血筋の私

蘇我が滅ぼされるとき大事な書物を焚書してしまったが

その大事な部分を 物部と大中臣の藤原が持って逃げた・・。

それが 多賀城市や平泉にいた 藤原のもとではないかと

探っているのだけど・・。

負けた側がいい事を書くわけもない

捏造されてきたものが 今表に出てきていると感じる。


まあ そんなこんなで 妄想を働かせると 

きりがないが・・

最近 古代神について わかることがあり ブログに書かせていただいている。

催眠などしていると

否が応でも 人の前世の時代考察をしなければならないし

知らないと突っ込んで聞いてあげられないし

理解もしてあげられない。

だからこそ 好きも昂じて 覚えちゃったのだけど・・。

知ることで 理解も高まるのなら 知ることが増えた方が

いい事と思う。


先日 ブログにも書いたが 大津皇子の一件

彼が なくなるときに詠んだ歌の中にも

書かれていた 「磐余池」(いわれのいけ)


そのことの発見があったと 札幌のMちゃんから メールが来ました。

こんな記事が出てましたよーって^^

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日本書紀や万葉集に登場しながら所在地が不明だった古代のダム「磐余池(いわれいけ)」とみられる6世紀の池の堤跡が奈良県橿原市東池尻町で見つかり、橿原市教育委員会が15日発表した。

 池は国内最古で、堤跡の上では、大型建物跡も発見された。磐余池のほとりに造ったとされる聖徳太子の父・用明天皇の「磐余池辺双槻宮(いけのべのなみつきのみや)」の可能性を指摘する研究者もおり、飛鳥時代以前に大和王権の中心地にもなった「磐余」地域の歴史を解明する大きな手掛かりとなる。

 市教委によると、見つかった堤跡は80メートル分。低い丘陵の上に土を積み重ねた構造で、高さは池の外側で約3メートルと推定。堤は周辺地形から、全長330メートル、最大幅55メートルの規模とみられるという。池の面積は8万平方メートル前後とみられ、これまで最古とされた7世紀初めの大阪府・狭山池の3分の1程度の池だったらしい。

 大型建物は南北17メートル以上、東西4メートル。時期が6世紀後半ごろで、用明天皇の「磐余池辺双槻宮」の時期と重なる。

 朝鮮半島由来の大壁建物と呼ばれる6世紀後半以前の建物跡も見つかり、土木技術にたけた渡来系集団が池を造ったとみている。

 日本書紀などは、「磐余」の地名を冠した4人の天皇の宮や池にまつわる物語を伝える。万葉集は、謀反の罪に問われた天武天皇の子、大津皇子が磐余池の堤で詠んだとする辞世の歌(巻3・416)を載せる。

 調査した平岩欣太文化財課保存係長は「調査地西側にも建物が想定される。継続調査で池の実態を明らかにしていきたい」と話す。

 現地見学会は17日午前9時~午後3時。

 <和田萃・京都教育大名誉教授(古代史)の話>現場周辺は池を造るのに適した場所。池にまつわる小字名も残り、磐余池とみて間違いないと思う。大型建物跡は池を眺めたテラスのような施設の可能性もある。

 <上野誠・奈良大教授(万葉文化論)の話>東アジアの宮殿庭園をモデルにした池で、見る場所で変化する景観を天皇が楽しんだのだと思う。当時は有名な池だったので、大津皇子もここで歌を詠んだのではないか。


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先日 奈良の二上山に登り 大津皇子の御陵におまいりにいった

Mちゃんと私

祈ったと同時に 雨がポツリ・・涙雨だった・・。

その彼が 讒言を受けて 死を賜った。。

その処刑の場所が 

この 「磐余池」の 場所だったといわれているのだが・・。

その場所が特定できないと言われているらしい・・。

そのあたりは 歩いたことがあるので 知っているが

たしか近くに 斎場があったと思う。


とにかく このような発見がされるとは

大津皇子の想いが 強かったのだろうか。。

彼は 空しいと泣いていたし

そして この悲しい出来事について

知らしめてほしいと思うのではないかと

つくづく思う。