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↑ 大津京跡

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今回の札幌での催眠の講義

その中で どうしても進まないことがあった。

大津皇子の妻だった山辺皇女の記憶を持つMちゃんのこと


丁度催眠の講義が始まった日

前世療法を講義していた。


私は必ず ご本人にセッションを最初にして 

どういうものか味わっていただくことにしているが


そのときに 自分がどこかの姫で 息せき切って

髪振り乱して走ってきて 

誰かに殺されそうになるのを 

「髪くらいなおさせてよ」 といって己で首を掻き切る夢を見ていたというのだ。


私の前世の催眠の中には 夢から入る・・ということも

しているのだが

ではその場面が気になるというので そこから入ってもらった・・。


しかし そのシーンをちゃんと見ようとすると

邪魔が入る 誰か女性が妨害をするのだ。



その日のテーマが 「死者の書」

奈良の当麻寺の 中将姫=藤原郎女 のところに

大津皇子が 二上山から亡霊となり 

浮かばれていないことを伝えてくるということ   

の話を なぜか和歌山のY子ちゃんから 

メールが来ていた。


こういうことはシンクロするので

ひょっとして 彼女は山辺皇女ではないかと 感じたのだ。


調べてみた・・。


●大津皇子=663~686(天智2~朱鳥1)天武天皇の皇子。母は天智天皇の皇女の大田皇女。
672年6月、壬申の乱に際し、大津京を脱出。伊勢国鈴鹿関で、大海人皇子(天武天皇)と合流。
686年9月、天武天皇死去による殯宮の際、草壁皇子と決定的な対立が生じた。その直後、万葉集によると伊勢斎宮であった姉、大伯皇女のもとへ密かに赴いたらしい。同年10月3日、謀反のかどで、
訳語田舎(おさだのいえ 奈良県桜井市戒重付近)で死を賜る。時に24歳。
この時、妃の山辺皇女は髪を振り乱し、裸足のままで駆けてきて、遺体にとりすがって殉死した。


まんま ではないか・・



催眠の勉強は進む  Mちゃんは上手に催眠をかけることは出来る

しかし 私が掛けようとすると 邪魔が入る


催眠を掛けると 最初は おじいちゃんが出てきた

次におばあちゃん  いろんなメッセージをくれたが

前世に行くと 「ほほほほ おーほっほ 」と 人を小ばかにしたような

女性が登場して 先に進ませてくれない・・。


前回は そういうこともあり 次回ということで

彼女の先祖のお祓いを していただくことにした。


つづく