今日も大津に催眠の講義で出かけた


綺麗な空のもと 何か呼ばれているような・・・


瀬田の唐橋を通って いくのだが


毎回なんだか 重たい


クライアントさんのおうちで 近江の遺跡の本を見せてもらう


瀬田の唐橋手前のあたりと 建部大社のほうには


壬申の乱の 戦跡があるようだ・・・


ふう・・・


これかも


朝から なんどか  888とか 8008  808  ばかりの


ナンバーを見る


こういう日は  大体  亡くなった人関係が


来られるてる証拠


ねえ ねえ  呼ばれている気がする


今月から 大津皇子といい


その辺の流れが来ているから 


これは行かないといけないのかな・・・・


大津京


棺が二つみえますと 和歌山のY子ちゃん


そういえば 一度行ったことがあったな


茶臼山古墳  そこには二つあったのかも・・


大友皇子とその子


それのことかもしれない・・・。


茶臼山では
 

身体が ぐらんぐらん ゆれたっけ


なにか ゆらゆらと場面にかげろうがたったような 気がした


いつもと違って 大声で祝詞をあげたくなり  奏上した・・。


なにかが 抜け出ていく感じがした・・。


はらはらと 雨が数秒ふった・・・


ありがとうの おしるしかな


そのときはそう思った



今回は 戦の跡ばかり 行かされる・・。


琵琶湖のほとりの 高いマンションに住むクライアントさんは


藤原秀郷の大ムカデ退治の伝説の話をしていたら


話してくれたことがあった・・。



高いところから見ると  ボートを漕いでいる人たちが


まるで ムカデのように見えるんですよ


そんな感じに 秀郷さんも思ったかも・・。



そうか そう見ると そうかな


先住民をムカデと蔑称したのかなと思っていたけど


その当時は 漢民や新羅からの人が


多数来て  日本の女性を陵辱したり 殺したり


いろいろ 小競り合いがあったらしいので


そういうのを守るというのも あったのかも知れないな


一方向から見ないほうがいいように思う。


藤原秀郷さん


ごめんなさい 貴方の 強弓で 助けてくれたかもしれないね


でも 争いがあったことは確か


壬申の乱も 同じく・・・・


戦は悲しい


その御魂の解放を 祈ろう


橋を渡りながら 祈った


何回かの講義の間  ここを通るのだが


前回はナビの気まぐれで 大津を回らされたが


それも意味があったのだろう


ありがとうございます。


来週は 大津京に行き


祈りをささげてきます。