今日は たのしく 高砂に行ってまいりました。

千賀さんは 本当に飾らない 静かな方でした。

先ず 着いてすぐ 踊りの手はずが整えられ

輪になりました。

真ん中に隕石がおかれ 波動が上がり始めます


千賀さんが ステップを教えてくださいます。

いいなあーー

なんか 沁みます・・。

先ず 練習して 体慣らし・・・

そのあと 奉納のような踊りのときは 

本当に 入りました。

輪になって踊るって どういうこと?

体で感じようと 体感してみた。

輪になることで 地からのエネルギーを

輪の中心に集め

エネルギーを放出して

天に送る

そうやって循環して 一つの軸を 作る感じ。。


ああ レイキにも自己浄化ヒーリングがあり

天と地のエネルギーを 循環させるものがありますが

それと 同じような感じだと思いました。

天に祈る ということが

踊りの中で 生まれてゆき 行き着く感じでした。

輪になって 踊り波動を高め それらを 

中心軸に 持ってゆき 

皆さんの波動をひとつにする働き

マイナスの感情も 波動も

すべて 浄化して解放するかんじ・・。


素敵な祈りの一つの方法だと 感じました。

素晴らしいです^^


踊りながら 感じていました。

今 ユダヤが 私の中の テーマでしたが

この わの舞のなかで流れていた音楽は

ケルト・・という単語を くれました。

そして 皆で 石の柱の周りを回り 神にいのりを ささげる

そういうイメージがわいてきていました。

日本にもあったもの・・・

そう思いました。

ふと 北海道の アイヌの踊り

似てるなあと 感じました。


ひとつ ひとつ 緩やかな所作のなかに

思いを込める

そこに そこはかとない 美と調和が生まれる

命が 吹き込まれる

そうかんじました。 それが 精神と言うものだと言うことも。。。

ふと 日本の精神の中に ユダヤが流れていることも

感じました。


全てのことは 精神に繋がっているのでしょう

以前にも 30年以上 お茶を習っていた話を書きましたが

お茶と同じ。・・と思いました。

ただ 誰かのために一杯の茶を 立てる

その所作の一つ一つに 精神を込める

すると 動きや手の置き方 持ち方 会釈 全てに

その精神が映りこみます。

そういうお茶は 本当に 美味しいです。

所作ひとつひとつにも 心がこもります。

心を置き去りにしない・・・それが 大事なことなのだと

思います。

そして それは 日本の精神の中に 養われてあります。

その精神のルーツは ユダヤ・・

でも もっと元に やはり日本があった・・。

日本人でよかったと 本当に思います。


わの舞の 舞踏にも 同じことが言えるのだと 感じました。

そして 全ての道は全てに通じているのでしょう。

それは 精神という想いの世界を どれだけ純化させていくのか

ということにかかっているのかもしれません。

なにひとつにも 命が宿っているのだから

全てに感謝し

心を込める そういう生き方をしていたいと思います。

大分まえに 悟りのようなものが 訪れたときに

自然と そう思って生きていました。

すべてのものがいとおしく 美しく大切・・・

愛とともに 生きていました。


でも 暫くすると そういう自分を 忘れて行きます。

ときどき思い出して 元に戻す。

繰り返しです。

今日の踊りは それらを 思い出させてくれました。

全ては なにもなく

全ては生きていて

全ては美しく 愛しい

そういう思いを 思い出すことが。出来ました。

元に返る・・・ そういう 踊りなのだと思います。

中心軸に戻る・・・そういうものなのかも 知れませんね。


急に お茶を教えたくなりました・・・。


なにかを 思い出させてくれました。

わの舞に感謝です。

千賀さんにお会いすることができて 本当に良かったと思いました。

ありがとう御座いました。


残念なのは 

家族が 具合悪くなり 一部で退散したこと

申し訳なかったです。

暑さに 弱い北海道の人間です。

クーラーのない場所での 踊りは さすがにこたえてしまったようです・・。

申し訳ないです。

特に今日は暑かったですしね・・・。

帰り 淡路に寄りました。

諭鶴羽神社に足を伸ばし 参拝して 帰りました。

夕刻 こんな綺麗な夕陽がみれました。