前から 祓わなければいけない場所として メッセージには入っていたが

なかなか 行けなかった。

摩耶山

突然 ああ  行かなくては・・と 思った。


昨日 明石の松原八幡神社で けんか祭りで 亡くなられた方が居て

考えていたのだ・・。なにか あるな・・・

二年ほど前になる。

姫路の神社を回ることになったときに 

大雨で 明石に変更したときがあった。

行動するときに あまり雨にならないので 何かあるなあと思っていた。

松原八幡で 黒龍さんが ついてきた

やたら 大きい龍神さま

どこかに行って欲しいらしい・・。

どこだろう・・・??

携帯からピンとくる神社を探していた。

岩屋神社・・・・これだ!!

早速 行ってみる。

そこは そんなに気も良くなく 寂れた感じ・・

しかし まずは 龍神さまを そちらに降りていただいて

なんとなくそこから見える  淡路島に 

エネルギーを送っていた。


その後 岩屋神社の由来を読んで驚いた。

昔 神功皇后が淡路で戦をしているときに

明石の漁師の子供に神がおりて

神が戦が嫌なのだろう 淡路から明石に行きたいから迎えに来てほしいと

メッセージが降りた。 漁師たちで 新しい船を作り 神を迎えに行ったとの事だった。

それが 「おしゃたか神事」として、いまもお祭りをするらしい。


いまの岩屋神社には居られなくて 龍神さまは

松原八幡神社に移動されていたのだな・・

まあ お連れしたから良かった・・と思った。


その夜 淡路に地震が起きた   震度4

明石も近隣の町もゆれた・・。

震源地は 淡路島の岩屋神社の奥宮だったあたり・・。

いまは 観覧車がある場所だ

そこは淡路の岩屋神社の まっすぐに 山側のところ

グーグルアースで検索しながら 唸った・・・。

なるほど・・・。 寸分の狂いもないのだ・・。

淡路にお帰りになったんだな・・・。

お帰りになる意味は なに?・・なんとなくそう思った・・。


そう昨日のニュースで そのことを 思い出した。

早く 摩耶山に行かないと行けないのだ・・と 感じた。

摩耶山は 

魔利支天を 祀っている。


昔 弘法大師様がいったそうな・・・。

「淡路に鉄の橋がかかるとき 狐が橋を渡るだろう それが
この世の大変なときの始まりである」・・・と

淡路に橋がかかりました。
摩利支天の眷属は 狐だそうです・・。

神の戸は開きました・・。

あの震災・・・。

神の戸はなにかの 結界を壊され 開かざるを得なかったのかも知れません。


摩利支天とは

原語のMariciは、太陽や月の光線を意味する。摩利支天は陽炎(かげろう)を神格化したものであるが、元々はヴェーダ神話の暁の女神ウシャスが仏教に取り入れられた姿とも言われる。陽炎は実体がないので捉えられず、焼けず、濡らせず、傷付かない。隠形の身で、常に日天の前に疾行し、自在の通力を有すとされる。これらの特性から、日本では武士の間に摩利支天信仰があった。

日本では護身、蓄財などの神として、中世以降信仰を集めた。楠木正成は兜の中に摩利支天の小像を篭めていたという。禅宗や日蓮宗でも護法善神として重視されている。


摩耶山は わたしも何度も 光りを通しなさいと いわれてきた場所。

そして

籠神社から まっすぐラインを通すと 摩耶山の上を通ります。

大事なラインです。




その前に 大事な場所も 行きました。

六甲側の 山と地の神にいのりました。

白山の宮というところです。

それから 摩耶山に行ったのですが

摩耶天上寺から 淡路が見えました。 

その 鉄の橋も 眼の前に 見えました。

意味があったのでしょうね・・。

こんなにきれいな お日様が・・・。


お仕事な 一日でした。