仙台から戻って もう一週間が経ちました。
恵美子さんと敦子さんのお陰で楽しい旅となりました。
五日、最初は石巻に向かいました。
公園になっている小高い山にある「零羊埼神社」(ひつじさき)に詣でました。
ここ牡鹿十座の筆頭です。清清しさがあふれておりました。
そして鹿島神社。ここは無人のようになっていて寂しい限りでした。
次は伊去波夜和気命神社(イコハヤワケ)を探してましたが
見つかりません。
諦めていたときに、恵美子さんが見つけてくれました。
よく見ると伊去波夜和気命神社は「明神社」と言う呼び方に
なっていて気がつかなかったのです。
どう見ても読めないので、名前を変えていたのかな・・と思いました。
でも「明」は日と月ですから、私たちには意味が大有りなのです。
優しい波動の中、お参りを済ませました。
そして鹿島御児神社へ・・。ここはお城があったようで、
城址公園の中にありました。
日が沈んだ後なので暗くて見えませんでしたが、
景色は最高のところだと思います。そこは美しい海と、
町が見渡せる場所です。こちらもなかなかの良い気です。
おなかがすいたので茶店に入ると、帰り支度中だったようなので
お店から出ました。すると、茶店のお婆さんが
追いかけてきて「申し訳ないですーー」と
オヤツをくださいました。ご褒美のようで嬉しかったです。
その後、隣町の暗がりの中を「石神社」へ行き、その後
仙台市内へと向かいました。
敦子さんと合流して食事を済ませ、お二人の催眠を施して、
初日は終わりました。
翌日は大好きな、「陸奥総社の宮」へ・・そして念願だった
「荒脛巾神社」(あらはばき)これは津軽外三郡史に載っている、
ナガスネ彦に関係があるような気がしています。
そこでは悲しくて悲しくて・・涙が出そうになります。
ずっと耐えていた、待っていたと言う感じがしました。
龍神、雷神、水神様も一緒にお祭りされておりました。
それから敦子さんの家のほうにご鎮座されてます
「大高山神社」、「鳥屋嶺神社」(とうやみね)、
そして念願だった、「熱日高彦神社」
ここは最高の気がありました。
ましてやここは「ヤマトタケル」と
「ニニギのミコト」が御祭神です。
行きたくて仕方がなかったので、念願叶い最高に嬉しかったです。
ここは実は、10/17日の伊勢神宮の新嘗祭りに、
敦子さんにお参りをお願いしたところだったのです。
この地は、ヤマトタケルが 東征の折自らこの地を聖地として
神をおろしたという伝説があり、古くから伝承されてる
由緒ある神社でした。
白鳥神社に行きましたときに、私のその日のテーマが
「22」という数字でしたが、実は白鳥神社に
行ったのが21日。
翌22日に敦子さんから電話が来て、「今日は社殿の立て替えを
していた熱日高彦神社の、神移しの儀の日だったのです」
と、毎日神社参りしてくれている敦子さんからの報告でした。
二人で、22日のシンクロに驚き、びっくりだねと話しておりました。
私がふと、もしかしたら・・という思いがよぎりました。
「敦子さん、神社の祭日っていつ?」と聞きました。
「え?六日になっていましたよ」
「えええーー!!!」
そのときに五日。六日の仙台行きが決まっており、六日に熱日高彦神社にお参りに
行く予定だったのです。六日の祭日に来て欲しかったのかな?・・
やるねえ神様! シンクロ尽くしに大笑いしました。
もう 大鳥神社に行くときには道はついていたのですね・・。
それより前に、6月にヤマトタケルになり、戦ったときから
道はついていたのかも知れません。
そうやって、一つ一つ、神様の通り道をきれいにしていく、
神様を掘り起こしてエネルギーを送るというご神業を
続けさせていただいている・・その喜びを噛み締めています。
ありがとう神様。感謝です。
敦子さん、ソウルメイト恵美子さんありがとうございました。
本当に感謝いたしております。
写真は その熱日高彦神社です。
素晴らしい気を感じてくださいね。
恵美子さんと敦子さんのお陰で楽しい旅となりました。
五日、最初は石巻に向かいました。
公園になっている小高い山にある「零羊埼神社」(ひつじさき)に詣でました。
ここ牡鹿十座の筆頭です。清清しさがあふれておりました。
そして鹿島神社。ここは無人のようになっていて寂しい限りでした。
次は伊去波夜和気命神社(イコハヤワケ)を探してましたが
見つかりません。
諦めていたときに、恵美子さんが見つけてくれました。
よく見ると伊去波夜和気命神社は「明神社」と言う呼び方に
なっていて気がつかなかったのです。
どう見ても読めないので、名前を変えていたのかな・・と思いました。
でも「明」は日と月ですから、私たちには意味が大有りなのです。
優しい波動の中、お参りを済ませました。
そして鹿島御児神社へ・・。ここはお城があったようで、
城址公園の中にありました。
日が沈んだ後なので暗くて見えませんでしたが、
景色は最高のところだと思います。そこは美しい海と、
町が見渡せる場所です。こちらもなかなかの良い気です。
おなかがすいたので茶店に入ると、帰り支度中だったようなので
お店から出ました。すると、茶店のお婆さんが
追いかけてきて「申し訳ないですーー」と
オヤツをくださいました。ご褒美のようで嬉しかったです。
その後、隣町の暗がりの中を「石神社」へ行き、その後
仙台市内へと向かいました。
敦子さんと合流して食事を済ませ、お二人の催眠を施して、
初日は終わりました。
翌日は大好きな、「陸奥総社の宮」へ・・そして念願だった
「荒脛巾神社」(あらはばき)これは津軽外三郡史に載っている、
ナガスネ彦に関係があるような気がしています。
そこでは悲しくて悲しくて・・涙が出そうになります。
ずっと耐えていた、待っていたと言う感じがしました。
龍神、雷神、水神様も一緒にお祭りされておりました。
それから敦子さんの家のほうにご鎮座されてます
「大高山神社」、「鳥屋嶺神社」(とうやみね)、
そして念願だった、「熱日高彦神社」
ここは最高の気がありました。
ましてやここは「ヤマトタケル」と
「ニニギのミコト」が御祭神です。
行きたくて仕方がなかったので、念願叶い最高に嬉しかったです。
ここは実は、10/17日の伊勢神宮の新嘗祭りに、
敦子さんにお参りをお願いしたところだったのです。
この地は、ヤマトタケルが 東征の折自らこの地を聖地として
神をおろしたという伝説があり、古くから伝承されてる
由緒ある神社でした。
白鳥神社に行きましたときに、私のその日のテーマが
「22」という数字でしたが、実は白鳥神社に
行ったのが21日。
翌22日に敦子さんから電話が来て、「今日は社殿の立て替えを
していた熱日高彦神社の、神移しの儀の日だったのです」
と、毎日神社参りしてくれている敦子さんからの報告でした。
二人で、22日のシンクロに驚き、びっくりだねと話しておりました。
私がふと、もしかしたら・・という思いがよぎりました。
「敦子さん、神社の祭日っていつ?」と聞きました。
「え?六日になっていましたよ」
「えええーー!!!」
そのときに五日。六日の仙台行きが決まっており、六日に熱日高彦神社にお参りに
行く予定だったのです。六日の祭日に来て欲しかったのかな?・・
やるねえ神様! シンクロ尽くしに大笑いしました。
もう 大鳥神社に行くときには道はついていたのですね・・。
それより前に、6月にヤマトタケルになり、戦ったときから
道はついていたのかも知れません。
そうやって、一つ一つ、神様の通り道をきれいにしていく、
神様を掘り起こしてエネルギーを送るというご神業を
続けさせていただいている・・その喜びを噛み締めています。
ありがとう神様。感謝です。
敦子さん、ソウルメイト恵美子さんありがとうございました。
本当に感謝いたしております。
写真は その熱日高彦神社です。
素晴らしい気を感じてくださいね。