左官屋女房の泣き笑い2(継続編)

左官屋女房の泣き笑い2(継続編)

あぁ、どうしたもんだか、この人。
興味津々、津々浦々動き回ってるよ、この人。
数字にゃ弱いが空想はピカイチ。

昨日やっと、専門学校の卒業証生の中から、

私のデータが見つかり、

卒業証明書を作成していただけることになりました。


まぁ、高校は、そのままあるので簡単でしたが、


専門学校は、何せ49年前のこと。


私が卒業した後も

法人や名称も変わりましたが、

幸いなことにずっと専門学校として続いているので

古い記録が、データとして残っていたようです。


ふぅ………。


大学の社会人コースを受講するために

提出する書類の、なんと多いことか‼️


私も娘達も大学は出ていないので、

自分の子どもを大学へ進学させるために

若い親御さん達は、いろいろとたいへんなんだなと

実感しました。


去年のGW辺りからの流れが、

自然とここまで繋がるように

無意識の中で分かっていたように、

静かに動いていたんだなと感じます。


そして、願書の中の、志望理由を書きながら、

気がついたことは、

たくさんの出会いの中で挫折しながらも

それでも自分が選んで来たものが、

ちゃんと今につながっているんだなということです。


中学生の頃に描いた夢は、

一旦沈んだように見えたけれど、

形を変えてすでに実現していた。

「誰かの思いを、他の誰かに伝えること」という

自分の道をずっと選んでいた。


通訳としての夢からは離れたけれど、

それが、就職先では広報として。

結婚後は絵手紙として。

更には、販促POPライターとして。

アドバイザーとして。

手描きのイラストをデジタルで

広告やプレゼンなどを。


気がつけば、

「思いを届ける」ことをずっとやっていました。


とても大きな遠回りをしながらも、

そして何一つ、無駄なものは無かった。


迷いや挫折も

自分が試される要因に過ぎなかった。


ここまで歩いて来れたのは、

まず、理解ある夫や家族のおかげ。

私の人生を足元から支えてくれている夫に

あらためて感謝の毎日です。

エールを送ってくれる娘達家族。


そして「私」という人間を

温かく見守ってくださっている

仲間や、この地域の方々に囲まれている。


「誰かの思いを他の誰かに伝える」


ライフワークなんだなぁ。

形は変わるかもしれないけれど、

これからも、きっと。







先週、4月からの履修生として認めますの通知が来ました。

と同時に、卒業証明書が要る、

健康診断書(視力、聴力、結核の有無が分かる証明が要る。

…と、立て続けに、またまた慌ただしくなり、

母校へ行って卒業証明書をもらったり、

いろいろと検査をしてもらいました。


それと同時に、公民館の年度末の事とか、

自分家の確定申告書提出とかが重なり、

毎日毎日、休む暇もなく動き回っていました。


あとは、専門学校の卒業証明書だけ。

これはねぇ、随分過去の事で、

私が通っていた頃の学校はその後

同じ系列ですが大きく変わってしまいましたから、


もしかすると50年前の卒業生のデータなんて

残ってないかもしれません。

ま、しょうがないね。


後は、履修生としての書類。

写真は……、自分のiPhoneで撮って

今朝未明に、Photoshopで加工しました。


ま、本人と分かれば良いでしょ。

(右目を少しだけ修正して、シミと、首のシワを少し消して、あとは頬を少し修正して…。笑)

多分、この写真は、首などからぶら下げる

履修生カード用に使われると見た。


今度の土曜日は、入学式前のオリエンテーションがあります。

学校内のシステム操作のこととか、諸々。


昨日、大学図書館で、図書館カードの更新をしてきました。

やっと、本の貸し出しシステムの操作に慣れ、

スタッフの介助なく自分でできるようになりました。(シニアだからね。覚えるまでに時間がかかります)


月曜日からは、また、いろいろな確認やら

準備しておかなければならぬことが山積みです。


一つ一つ、確実にこなして行こう。




今朝のmonshinさんの記事を読みながら
私も一緒だなぁと感じました。

清愚としての「一区切り」となります
https://ameblo.jp/monshin5569/entry-12959119743.html
 
一番始めの、書との出会いは
長女の硬筆教室の先生から。
そして亡き恩師を紹介され、
書に、どんどん足を突っ込みました。

亡き恩師からは
書を通じて
人としての礼節や生き方、
在り方を教えていただきました。

その亡き恩師の一番弟子である
今の華の先生。

華の先生からは、常に
チャレンジ精神を教えていただきました。
かなりわがままな事にも
優しく同意してくださり、
思いっきり書くことが出来ました。

去年の11月に教室に通うのを辞めましたが、
心はいつも仲間と繋がっています。

こないだの呑み会。(monshinさんと同じ写真)





この串焼き屋さんは

鶏が苦手な私を変えてくれたお店です。

こんなに美味しいものだったんだなぁと。


思い出のあるお店。

一緒に学んだ仲間。

教室も3月いっぱいで閉鎖。


寂しい現実ではありますが、

それぞれの心の中には

書と向き合いながら育てた

自分の生き方や在り方が

一生、残るのでしょう。


今の私を支えるものはこの字。

最後の書作品。



亡き恩師からいただいた大切な号。


寄り道や回り道をしながら

その中から何かを掴もうとする私に

ピッタリな号。「清逍」



書の道具を生かしてそのまますぐに

水墨画へ向かうはずが、

すご〜く大きな回り道をしようとする

自分がいます。


まずは、やり残しを楽しみながら、

またその中でのご縁で

新しい方向へと進むのかもしれません。


あぁ、一生、寄り道、回り道だな。