虐待を耐えすぎると、誰でもいつか壊れます。心身両面から執拗にいじめられたBillも例外ではありませんでした。



 これまでも書いたように、Billは限界をはるかに超えても妻を愛し、信じようとしていました。しかし、ついにBillの誠実な気持ちを打ち砕く事件が起きます。


 当時3歳前後だった母は、この頃のこともよく覚えていて、話してくれました。


「母(Valerie)は明らかに浮気を繰り返していた。細かいことは分からない子供でも、母が父(Bill)に隠し事をしているのは分かった。ある時から、母が出かけていこうとすると、父は悲しそうに目を伏せながら言うようになった、"また行っちゃうの? いいよ、きみを信じてるから。離れていても僕がきみを想うように、きみが僕を想ってくれてると信じてる"。それを聞くと、母に後ろめたそうな表情が浮かんだ。父は母の浮気を知っていたと思う。でも、非難せずに信じる意志を見せれば帰ってきてくれると期待した。父はギリギリまで絆を信じようとする人で、驚くほど静かに耐えていた。

 日が経つにつれて、母は言い訳もネタ切れになり、しまいには子供が聞いても信じられない下手な言い訳で浮気をごまかそうとするようになった。それでも父は聞き入れた。でも、目には涙が浮かんでいた」。


 このBillの性格は、映画の中の演技を見ていても分かります。ウォルター(『めぐり逢えたら』)は婚約者のアニーが冷たくなっても、最後まで彼女の愛を信じていました。フレッド(『ロスト・ハイウェイ』)は妻の言動に不信を抱き、愛を交わしている時の態度で不倫相手の存在に気づいても、黙っていました。ピーター(『The Favor』)も妻の言動に不信感を持ちつつも、限界まで何でもないふりを装います。



Billは限界まで信じようとする(写真:『The Favor』)



私が眠っていた間にも、たくさんのことがあったと思う。私はまだ子供で早く寝ていたし、たまたま目が覚めた時以外のことは知りようもなかったから。でも、私がもうすぐ3歳になるという頃、何か両親の間で取り返しのつかないことが起きたみたいだった。」


 小さかった母は、大人たちの会話を小耳に挟んだりして、子供なりに状況を掴んでいました。

 母の記憶を総合すると、その頃にValerieの浮気は目に見えて発覚し、彼女の不義はずいぶん前から続いていたことが明るみに出たようですね。虐待されながらもずっと妻を想い続けていたBillにとって、この事実はあまりにもショッキングで、信じるものすべてが崩れてしまった瞬間。


「母と不倫相手、そして父の間で何が起きたかは私は分からない。ただ覚えているのは、ある日いつものように父が洗ったお皿を私が拭いている時に、父がわっと泣き出したこと。お皿を持ったままくず折れて、"イヤだ! もうイヤ、イヤだ!"と、泣きながら繰り返した。それまではどんなに辛くても、私の前では決して取り乱さなかった父なのに…。私がびっくりして父に抱きつくと、体が異常なほど熱かった。私はショックで泣きながら近所の人に助けを求めに行った。その人は慌てて飛んできてくれたけど、驚いてはなかった。"いつかこうなると思ってた。ここまで耐えられたほうが驚きよ。かわいそうに"と、言っていた」


 母が触っただけで「熱い!」と感じたそうですから、そうとう高熱だったのでしょう。母は3歳くらい。その頃の皮膚感覚を考慮するなら、おそらく40.2℃は超えていたと考えてよさそうです。


 1〜2年もの間、Billは泣きながらも妻の虐待を耐え、必死に彼女の誠意を信じようとしながら、希望を捨てずにいました。それなのに、その間ずっとValerieは何人もの男と浮気を繰り返し、Billを裏切っていたのです。この事実は、純真な17歳の少年をどれほど傷つけたことか。


 こんな無邪気な男の子を泣かせるなんて、ひどいです。