'Bruised but not broken'は、Billが最初の妻から受けた虐待を反映した歌だという話はしましたね。
Billが具体的にどういう経緯で最初の妻Valerie(推定。彼女の名前に関しては、母がまだ完璧に思い出せてない)と出会ったのかは不明。わかっているのは、Billが13歳の時に彼女と恋に落ち、Valerieの妊娠中に異例の若さで結婚、1968年2月17日、Hornell, NYで私の母・Elizabeth Pullmanが生まれたこと。
出会って最初の2年ほどは幸福だったそうですが、関係は次第に悪化。私の母は記憶が戻り始めてすぐ、2歳半頃に見た両親の様子や印象を思い出し、その酷さを話してくれました。
「母・Valerieは家事をすべて父・Billに押しつけ、身の回りの支度もぜんぶさせ、自分はしょっちゅう外で遊びまわって、何日も帰ってこないこともあった。父はまるで奴隷。母はマニキュアを塗るのさえ、父にさせていた。塗るだけではない。除光液で落とすのも父の役目だった。棚に置いた口紅が切れていると、母は"あなた、口紅がもうすぐ切れそうなのよ。見てないの? ちゃんと買って補充してちょうだい!"と、父を怒鳴りつける。脱いだ服はぜんぶ床に放り出して父に片付けさせ、ボタンが取れたりすると、父はそれを縫ってやらないといけなかった。アイロンをかけるのも父の仕事で、もしシワが寄っていようものなら、母は機嫌が悪くなって、また父をいじめた。母親がこんな風だから、小さかった私の面倒を見てくれたのもぜんぶ父だった」。
何てひどい妻! 母がまだ小さい時だから、当時のBillはまだ15歳くらい。Valerieは20歳ほどだったでしょう。15歳の少年が幼児の面倒を見ながら、家事をぜんぶ押し付けられ、妻の雑用までするなんて…。マニキュアと除光液の話なんか、耳を疑いました‼️
これだけでも立派なDVになるのに、まだまだこれは序の口。
・少年の頃から壮絶な人生を歩んできたBill。
(写真:1993年)
「母の虐待はどんどんエスカレートして、父を殴ったり蹴ったりするようになった。ブーツを履かせてもらいながら胸を蹴飛ばしたり、"あんたってほんとつまらない男ね! 家事しかできないつまらない男"と、罵ってジャガイモを投げつけたり、酷かった。ある時、お昼寝をしていた私は下が騒がしくて目が覚め、何事か心配になってそっと様子を見たことがあった。すると、母が嫌がる父の顔に口紅をめちゃくちゃに塗りたくって、無理やり女の服を着せているのが目に入った。母は"外を歩いてきなさい"と、父をドアから押し出そうとした。父が嫌がって躊躇すると、蹴飛ばして、"あんたは女々しいんだから、お似合いよ"とまで言っていた。」
これって、典型的なサディストの行動パターン❗️ その時の母は2歳半から3歳くらい。でも、あまりの異様さにびっくりしたらしく、この出来事は今回母の記憶が戻り出した最初の方に思い出していました。
この時は母は急いで飛び出し、母親にやめるように言ったそう。でも、Valerieはケロッとしていたようです。
「母は私を見ると優しい声で、"あら、眠ってなかったのね。心配しなくていいのよ。パパとママはお芝居してるだけなんだから"。父は座り込んで、何も言わずに泣いていた。私が"でも、パパ泣いてる"って言うと、母は機嫌よく"あら、お芝居でも泣くわ"。母がその場を離れた後、私は父に駆け寄って、まだうまく話せないながらも言った、"パパ、いじめられたね"。父は黙って頷いた。顔は涙でいっぱいだった」。
Billはこれだけいじめられても、まったく言い返しもせず、泣いてばかりだったそう。母は小さいながら、父がかわいそうでたまらず、何とかしてあげたいと思っていました。
そのうち、虐待は日常化し、Billが子供だったこともあって、だんだん地域で問題になっていきました。
この虐待問題はまだ話せていないところがあるので、続けます。

