「貧乏神」と言われて育った。

「産まなきゃ良かった」
何度聞いたかわからない。

人の慣れとは恐ろしいもので、文字に並べると目を疑うような言葉でも、日常的に聞くと何の感情ももたなくなる。
まるで「おはよう」と同じ。

貧乏神…そう言われてもおかしくないくらい、M子の人生はMを身籠った時から急転落しはじめた。

父は商売下手だった。
人がよく、お金に無頓着だった。

実家から見放された父のお金の底つきはあっという間だった。
M子は再婚と妊娠でお店を閉じた。
父はお金がなくなってもボンボン気質のままいい格好して飲み歩き、金遣いの荒らさは変わらなかった。
付き合いで仕事をもらってきては、ほとんど利益を出さず、会社は自転車操業。
そのうちどこも貸してくれなくなり、気がつけば火の車だった。

お手伝いさんに育てられ、靴紐も自分で結ぶことのできなかった息子を連れて古谷と暮らした大きな家を出て、父と新大阪のマンションで新たな生活をスタートさせたM子は今度こそ幸せになると心弾ませていた。
春がきて少し肌寒い中行われた入学式。
桜並木。
息子の手をひき、歩いた。
悪阻がひどく、顔色は悪かったが風に吹かれて舞う桜の花びらがM子を癒した。

「あんたまたこんな仕事とってきて。お金にもならんのに!」
「こんなろくでなしとは思わなかった!」
「今日も麻雀…遅くまで飲み歩いて。最低」
M子は父をみるたび罵るようになった。
何も言い返さなかった。
だからM子の罵声はエスカレートしていたった。

M子は大きなお腹を抱えて、父の実家を訪ねていた。
自分の母や姉妹にはあれだけ啖呵を切って再婚したから簡単には頼ることができなかった。

世間はバブル時代に向かって一直線。景気がいいのにM子たちだけは時代の逆を走っていた。

その日食べることにも困っていた。

「何しに来たんや」
冷たくあしらわれた。
「そこにある団子でも食べたらはええわ」と供え物の団子1つ持たされ大きなお腹のM子は追い出された。
団子にかぶりついたが悔し涙で味がよくわからなかった。


マンションから古いアパートに身を移したばかりのよく冷え込んだ日のこと。
陣痛がきて病院へ1人で向かった。
2人目なので落ちついていた。
M子は雪が降り積もる中、静かに女の子を産んだ。
父は麻雀を二日間しており、病院へ来たのは翌日の夕方だった。
M子は現れた父に飛びつき叩き続けた。
看護婦さんが「産後ですから大人しくして!」とM子を必死におさえ落ち着かせた。
M子は横の置かれてたベビーベットに入ってる赤ちゃんを睨み付けた。

おっぱいが出ない…

心身共に崩壊寸前だった。



小学校の頃、プールの授業で潜水艦という深く潜り進む泳ぎが気持ち良かった。

「Mちゃんが上がってきません!!!」
「M!!!」

遠くから呼ぶ声がする。

プハー!ハァハァ…

「あー良かった!」
担任の先生の顔がぼんやり視界の中に入ってきた。
(すごい必死…)

水中に深く潜り、息苦しいを越すと音のない世界がやってきて、温かい羊水の中にいるようでそこはキラキラした眩い世界で安心感と幸福感に包まれていた日々…そこに戻れるような気がした。

だから度々長く深く潜ってしまい、友達や先生を驚かせてしまった。

このまま現実の世界に戻りたくない…そう思っていたのかもしれない。

貧乏神と育てられたMは生きることがめんどくさかった。


続く