「おめでたですね」

M子の顔はこわばっていた。

古谷は喜んでいた。
「すぐに入籍しよう」

前々から結婚しようと古谷は思っていたが、M子はお店が繁盛していて人気商売に結婚、出産は陰り要因になると考えていた。

M子は店が沢山入ったビルを持つのが夢だった。
それに子供なんて…自分が母親になるなんて決心がつかなった。
しかし、中絶の決心もできなかった。

古谷となら金銭苦労することはないだろう。
姉達は古谷をや○ざ者と親族になりたくないと毛嫌いしていたが、入籍、もう中絶できない時期に入り腹をくぐるしかなかった。

お店はチーママに任せお腹が目立ち始めた頃、お客様達には病気でしばらく入院するといいお店をあとにした。

古谷は摂津市に大きなお屋敷を用意した。

M子26歳…母になる。

男の子だった。

古谷は仕事が忙しく全国を飛び回り、ほとんど帰ってこなかった。

けれどM子はわかっていた。

あちこちに女がいたことを…

いつも綺麗に髪を結い、着物を着て凛と夜の世界を歩いていたM子の姿はなく、くるくるの癖毛の伸びきった髪をくしをとおしもせずに無造作におろし、産後なのに痩せ細り、目はうつろい気味だった。

(どうして私が…)

鏡に映る自分を見るたびに、垂れ下がった乳に涙が出た。

「何で泣き止まないの!?」

腸が弱く、手がかかる息子を可愛いと思えないことに悩んでいた。

古谷は帰るとノイローゼ気味に攻めてくるM子から心がどんどん離れた。

「M子はお店のは安心してユキママに任せてゆっくり子育てしたらいい、シッターさん雇うから…」

ユキママ?

なんやの?

M子は嫌な予感がした。

(お店にはよ戻らないと…)

「お坊ちゃん、危ないですよ~」

生後3ヶ月。
お手伝い兼ベビーシッター、2人交代でお屋敷に訪れてた。

M子はお乳を与える以外はお世話することはなかった。



「欲しかったら古谷もお店もあげるわ」

ユキ(チーママ)は叩かれた頬を両手で抑え
「偉そうに、何様や?あんたの時代は終わったんや。古谷さん私だけやない。そこらじゅうに女がいてはるわ」を鬼のような形相で叫び、動揺するM子を見てユキは甲高く笑った。

M子は拳を握りしめた。
掌は爪痕でうっすら血がにじんでいた。

悔しくても今の赤子を抱えたM子にはどうすることもできなかった。

心離れに気づいていたM子は古谷を攻め立てることはやめて気晴らしにリフォームをお願いした。
大きなお屋敷ではあったが、古い建物だったので全面改装をすることにした。

大金使わせてやる…

古谷は好きにしたらいいと、快諾。

「見積もりにお伺いしましたー!」
玄関先から声がして、M子はさっと髪をゆい迎えた。

ガラガラガラ…開けると立っていたのは背の高い1人の男だった。
後ろから指す光でお顔がよく見えない…

「どうぞ入ってください」

沢山のパンフレットが入った重そうなバッグをもち靴を脱いで長い廊下をM子の後ろを歩いている男。

背の高い人やな…
M子は振り向かず居間まで通して、洗面所へ向かった。
お手伝いさんがお茶出ししている間に顔にお粉をはたき薄めに紅をひいて髪を結い直す。

「お待たせしました」
名刺を受け取り、名前と顔を見合わせた。

M子はお顔を拝見し雰囲気からの想像どおり、それ以上に整った顔立ちにしばらく見いってしまった。

また男もM子を見つめていた。



これが「僕が死んだあとM子と仲良く生きてほしい」
そう娘に35年後言い残し死すまで、生涯愛することになったM子との出会いだった。