「会社をやめた!?」
M子は思い立ったらすぐ行動にうつす。
中学卒業してすぐにお世話になった会社を何の躊躇いもなく辞めると決めた日から行かずに3歳上のすでに独立していたおねぇさんちに転がり込んだ。
体の弱かった母親の代わりに長女が妹たちのお世話をしてきた。
姉妹の中でも一番やんちゃだったM子。
学校で問題を起こす度、おねぇさんが飛んできた。
「また、M子は…で、これからどうするつもり?せっかく今の会社(大手)にも入れたのに、急に辞めてくるなんて」
「お金貯めたいの。今の会社では…すぐに貯めて、大阪に行きたいと思ってる。それで天文館のキャバレーで働く。家には知られたくないからしばらくここにいさせて」
M子は1度決めたら絶対にそうする…おねぇさんにはわかっていた。止めても聞きはしなこと。
鹿児島一の繁華街、天文館通。
M子は目一杯着飾ったが垢抜けなかった。
「あのー、電話した…面接受けにきました」
「あー、どうぞ入ってー」
開店前の薄暗いお店。
大きくもなく小さくもない。
カウンターと小さめのテーブルが5つ。
独特の匂い。
(だいぶ年上かな…怖いなぁ)
「歳は?」
「20歳…です。」
「夜は初めて?」
「はい。」
「だろうねぇ~…ここはちょっとお高い店だから…もう少し…なんというか…こう…髪の毛を…それは地毛?癖毛?」
この時、M子を面接したのが、古谷という男だった。
「働かせてはもらえないですか?」
「ごめんね、他あたってよ」
M子は階段を降りながら、自分の髪の毛をさわり、踊り場の鏡に映った自分をみて呟いた。
(どこがいけてないのか…バカにして…)
外にでると日は落ち、繁華街は賑やかさが増していた。
すれ違った女の人からいい匂いがした。
(ホステスさんかなぁ。華やかだなぁ。)
M子は閉店間近の美容室に駆け込んだ。
髪の毛をセットしてもらって、唯一持っていた口紅を塗って、お店に引き返した。
少し凛としたM子。
扉を開けるとお店は先程とは違って明るく音楽がなり、女の人達が数名…視線を向けられた。
M子は面接してくれた古谷という男の人を目で探した。
「マスター、知らない女の子が入ってきたよ~」
古谷は奥からから積み上げた灰皿を片手でもち現れた。
「あれ~さっきの子?」
「ここで働かせて下さい!」
この娘は根性がある。
惚れこんだ。
古谷28歳。
これがM子と古谷の出会いだった。
M子はホステスが性に合ってた。
瞬く間に、夜の世界に馴染み、かけ上がった。
「ここやめて、一番大きいエンパイアに行く。そこでもすぐにナンバーワンになって、大阪いく。」
「M子は頼もしいな。僕ももっと頑張らないとおいていかれるな。」
「古谷さんがいなかったら今の私はない。」
M子は男の人の心をくすぐるような言葉が簡単に口にすることができた。
けれど、心はなかった。
あるのは野望だけだった。
だから、この男が運命の人だとは思えなかった。
自分にとって都合いい男の人はみんな好き。
その中の1人だった。
古谷という人がどういう人で、本当は何の仕事をしていて、どういう性格で、どういう生い立ちで…そんなことはM子にとって関係のないことで。
最初に働いたお店のマスターであること。
お金を持っていること。
美味しいものを食べさせてくれること。
欲しいものをプレゼントしてくれること。
ベンツに乗っていること。
お客さんとどこに行こうがホステスを理解していること。
全てが心地よかった。
それもM子が鹿児島にいる間だけのこと…
M子は僅か1年半で有言実行、鹿児島で当時有名だったお店でナンバーワンになり、大金を稼ぎ、万博開催半年前に大阪の地を踏んだ。
古谷とはいつからか連絡もとらなくなり疎遠になったまま。
何も言わず大阪に出てきて半年。
大阪は活気に溢れていた。
M子は北の高級クラブで働いていた。
美容室で着物を着て髪の毛セットしてもらうのが日課だった。
この日美容室を出ると小雨がぱらついた。
足早にお店に向かったけれど、雨が強くなってきたから、服屋の軒の下に入り込んで雨宿りをした。
ショーケースにはドレスと靴が飾られていた。
じーっと見ていると、背後から誰かが近づいてきたのを感じた。
振り返るとそこには古谷の姿があった。
「やっぱりM子!!」
続く