「ほんま、疲れたぁー」

無意識に溢れてしまった穂乃果の声に周りの人たちが振り返った。


しまった、と内心思いながらなんでもない表情でレモンサワーを喉に流し込む。大阪のイントネーションはここでは目立つ。


名古屋駅から東京駅までの新幹線でもそうだった。横に座った女性と意気投合して盛り上がっていたら、通路向こうの男性たちの注目を浴びてしまっていた。

ライン交換したことを思い出しライン画面をあけた。挨拶程度だが連絡が来ている。しまった、気付かなかった。


立川の駅近くの居酒屋に穂乃果はいた。炭火焼串焼きが美味しいことで人気の店だ。


5日間の予定だった東京出張が急に延長になった。大阪に帰る予定だった金曜の夜、翌週の出向先である立川市に移動し、ホテルのチェックインも済ませ、腹ごしらえに出て来ていた。

大阪弁でなくても女一人は目立っている気がする。

下を向いていると、もずくトマトが運ばれてきた。


大学時代を東京で過ごしたこともあり、関東に友人も何人か住んでいる。せっかくだから連絡しようかとも考えたが、仕事が終わる時間も読めず。こちらの支社の人たちも初対面でランチにすら一緒に行っていない。

二杯目はハイボールを注文し、焼き鳥メ


ニューも追加でお願いした。


週末もこっちで過ごすことになったが、人を誘うには今日の明日じゃ急すぎる。まあ一人でぶらりと観光でもしようか。

天気も良さそうなので昭和記念公園でゆっくりしようか、それとも高尾山に登ってみるかと思いながらスマホでグーグルマップを開いてみる。


地図の上に書かれた「八王子市」の文字が目に入り、京王堀之内駅付近に住む紀子を思い出した。紀子は大学時代の仲間で、竹を割ったように裏表がなくはっきりと物を言うタイプだった。


「出張で東京に来てるねん。今、立川北駅近くの居酒屋」

ダメ元でラインを送ってみる。


遅れたけれど、返事ををしてみる。

「こんばんわ。連絡ありがとう。東京には馴染めましたか? 私は立川北駅近くの居酒屋で飲んでます」


紀子からも風子からもどちらからも返信がない。


焼き鳥とハイボールでお腹を満たし、ほろ酔いきぶんになってきた。三杯目は電気ブランを注文する。いつもよりも酔いがまわるのが早い気がする。


トイレに行こう。カバンを開けてハンカチを出す。あれ? 財布がない。カバンを探るが入っていない。カバンをひっくり返して探すが、ない。

焦り過ぎて冷や汗が出てくる。酔いも覚めてきた。

ホテルだ。トランク側に入れたままなんだ。ここの支払い、どうしよう。


半泣きになっていた時、電話が鳴った。紀子だ。


「穂乃果? 今から30分で行くわ。三人になるってお店の人に言っておいて」

「三人?」

「そう。三人。待ってて」


店の名前と財布をホテルに忘れたことを告げて、電話を切った。


30分後、紀子と一緒に現れた女性を見て、穂乃果はあっと声をあげた。新幹線で出逢った女性、風子だ。


「月曜から一緒に住んでる従妹の風子。さっきライン来た時、あまりの偶然にびっくりしたわよ」

紀子が笑う。


「それと財布ホテルに忘れたって焦ってたけど」

「うん。どうしようかと思った」


「穂乃果しっかりしてるのに、焦ると面白いよね。ここスマホ決済できるよ」


風子にはどんくさい姿ばかり見せている。穂乃果は顔を赤くした。


三人で少し飲んで、外に出る。

ひんやりとした風が頬に気持ちいい。