木洩れ陽輝く春。
朝から天気が良く、決まってこういう日茜姫は機嫌が良い。
天気に気分を左右されるとは、我がご主人も単純なものだ。吾輩は尻尾を振って颯爽と街を闊歩していた。
「あら、茜ちゃん。まだないちゃんのお散歩?」
話しかけてきたのは、オレンジ色の髪の女の子。茜と顔見知りのむつみちゃんである。少し前まで近所のケーキ屋でアルバイトをしていたが、あっという間に辞めてしまった。今は仕事もせずに暮らしているらしい。
まだないちゃんというのは吾輩のこと。
吾輩は犬である。
名前はまだない。
全く我があるじ殿は吾輩に妙な名前をつけたものだ。
「うん。お散歩。むつみちゃんは、どこかお出かけ?」
「そやねん。野外音楽堂でめっちゃ良さげなライブイベントやってるねん。茜っちも一緒にどう? タダやで」
かくして20分後、吾輩たちは大阪城公園にある野外音楽堂で陽気なロックンロールを聴いていた。
何組かのバンドやアーティストがジャンル問わず出演する多彩なイベントで、無料にしておくにはもったいない。客席にはまだ空きがあるが、おそらく宣伝不足が原因だ。今回が第一回でうまく告知ができていないらしい。
超有名アーティストは参加していないようだが、どのアーティストとも実力は確か。ギターもベースもボーカルも、心地よい音を吾輩の耳に届けてくれていた。
そのメロディーに雲がかかったのは5組目のギターデュオの時である。
シンプルな白いティシャツにジーンズの女性と派手なグラムロックの出で立ちの男性。異色な組み合わせながら、奏でる音楽は心がとろける素晴らしさ。
目を閉じてその幸せに酔いしれていた吾輩は、その音の中に微かな不協和音を感じ、思わず目を開いた。
茜姫もむつみ嬢も気にせず手拍子をしている。ステージの女性が心配げな表情で男性を見る。
男性は少し困った表情で、手をあげ演奏を止めた。
「ごめんなさい。ちょっとチューニングさせて」
タンクトップ姿の男性が額に汗してギターをチューニングしている。そのペグの部分に…。いや、気のせいか。
曲が再開され、そしてまたストップ。
男性が申し訳無さそうに、こう言った。
「この会場には魔物がいるみたいですね。チューニングを狂わせる魔物。」
会場がどっと湧いた。
吾輩は笑えない。
だって本当に見えているんだ。チューニングを狂わせる魔物。
演奏が始まると、ペグを回すイタズラをしている小人が吾輩を見て、あっかんべーをした。
※ROLLYさん、ありがとうございます