四月生まれが羨ましい。


中学生の頃、裕子はそう思っていた。

イルミネーション、夜景から朝露に差し込む太陽、そして宝石。光り輝くものが大好きな裕子にとって、ダイヤモンドは憧れの中の憧れ。


誕生石がダイヤモンドがなら良かったのに。裕子は不満だった。


十二月生まれの裕子の誕生石はターコイズ。母に誕生石を聞いてトルコ石と言われた時には絶望的な気分になった。他の宝石はガーネットやサファイア、エメラルドとか素敵な名前なのに、石だなんて酷すぎる。泣きたくなった。 いや実際その夜は泣き明かした。


だがファッション雑誌やインターネットでターコイズを目にするようになって、裕子の気持ちは変わっていった。青でもない緑でもない。透明でもないのに輝いている。内在する神秘的な力を感じるその美しさに徐々に惹かれていった。


そんな裕子が、十二月生まれで良かったと涙したのは、二十歳の頃。

はじめての恋人からはじめて贈られた青緑の美しいネックレスは、息を飲む程美しかった。それが誕生石のターコイズだった。

もともとターコイズの石が持っている持ち主を危険から守ってくれるという神秘的な力が、人から贈られることでより高まるという話を聞いて、裕子はそのネックレスを身から離さなくなった。


彼とは、いつしか離れてしまった。少しずつ連絡がなくなり、少しずつ忘れていったので、淋しさも悲しさもあまり感じなかった。ただ毎日忙しくそれなりに楽しく過ごしていた。そして彼と連絡を取らなくなって1年以上経っても、優子はターコイズのネックレスをつねに首まとっていた。

その頃からセーターやスカート、パンツなどもターコイズブルーを選ぶようになってきた。宝石の輝きだけでなく、その色合い自体がどんどん好きになってきたのだ。


「でも冬に青系のファッションってちょっと寒々しい感じしない?」

そう言うのは暖色が好きな温子だ。彼女は秋冬はブラウン系でまとめ、春夏はピンクかオレンジを差し色にしている。


「でも私はターコイズブルーと両想いなの」

裕子がそんなふうに答えると、温子も応える。

「じゃ私はオレンジ色に片想い中なのかしらね」


性格も好みも違う二人だがいつも一緒にいる。

入社式で偶然横に座り、同じ部署に配属され、席も横だった。

すぐに帰りにお茶をするようになり、ご飯に行ったりお酒も飲むようになるまで時間がかからなかった。

慣れない街で一人暮らしをし始めたからというのもあったのだろう。

裕子が恋人と離れていったのも同じ時期だ。


温子は四月生まれ。小さなダイヤモンドを身につけていた。

裕子が中学時代の自分の羨望を話すと、温子は言った。

「ダイヤモンドなんて誕生石でなくても貰えるものだから、損した気分」


裕子が会社を辞め、温子と過ごした街を離れることにしたのは二十三歳になった時だった。

光り輝くものが好きという裕子の興味は、光を集めるガラス細工に遷っていた。

見るだけでは飽き足らず吹ガラスの世界に飛び込みオリジナルの作品を生み出す作家になりたい。裕子の決意を温子は後押ししてくれた。


長期講座に参加するために能登半島にあるガラス工房へ行く裕子を、温子は現地まで送ってくれた。せっかくだからと観光も兼ねて。


「ほら、これ。えっとお餞別っていうんだっけ」

温子がプレゼントしてくれたのはターコイズブルーのコート。一緒に買物に行った時に高くて諦めたものだ。

温子はチャコールブラウンのワンピに新調したばかりの白いコートを羽織っている。

「自分の服を買うついでだったから」


こうやって二人で歩くのもしばらくはできない。

輪島の朝市を練り歩きながら、なんだかしみじみとした気分になってきた。


「ねえ、これ。面白くない? ガイドキガキク カキドキカキク。すごくないっ? ラップみたい。」

努めて明るい声で温子が話しかけると、振り返った裕子が涙ぐんでいる。


その後ろで少し驚いたような表情で振り返った男が、運命の人になることは、この時は誰も知らない。