茜には夢がない。


物心ついたときにはすでに保育園の先生になりたかった。小学生になると小学校の先生を目指した。

小説家になって世界各国に自分の名を広めたい。そう思うようになったのは、中学生。図書室の本を読み漁り、頭の中で世界や宇宙を旅するようになってからだ。

できれば将来は自分のカフェを持ちたい。そう思ったのは高校生の頃。毎日のように友人たちと寄り道をしたベーカリーカフェの女性オーナーに憧れた。
そのためにパンやケーキを焼く練習をし、ラテ・アートを描くワークショップにも参加した。努力は惜しまない。

だが翌年には茜の心は変化する。
トリマー、獣医、ブリーダー、そしてグラフィックデザイナー、アナウンサー、ウエディングプランナー。
見るもの聴くもの全てになりたくなる。
どの夢も真剣で、どの夢も治まらない。

本当になりたいものが定まらない私ってだめなやつかも。
茜はそう思っている。
最近はどこへ向かいたいのかわからない。

「茜って自己肯定感が高いよね」
小学生からの付き合いである美桜はいう。
「私なんかさぁ、絶対自分には無理やって思うけど、茜はできる、やってみようって思うわけやん?」

そうか、それって自己肯定感高いのか…

同じく小学生からの仲間である穂乃果は出逢った頃から少し大人びた北欧雑貨が好きで、雑貨店を開く夢に向けて今も邁進している。
資金を貯めるために、そして勉強のために、おしゃれな北欧ファニチャーやインテリア雑貨を求めて大勢のお客さんが訪れる、スウェーデンが本社の家具販売店で働く毎日だという。

「穂乃果はすごいよね、一本筋が通ってるっていうか」
「休みの日に自分の職場に遊びに来て楽しいか、ほんま」

茜、美桜、穂乃果の三人は、巨大迷路のように入り組んでいる広い店内をウロウロと見て歩きながら話す。平日だから空いている。

「そういや茜っち、犬飼い始めたんやって? 」
「どんな犬? 番犬?」
「なんでやねん。トイプードル、もこもこやで」

茜はペットショップで一目惚れしたトイプードルと一緒に住んでいる。
ワンルームひとり暮らしと犬一匹。定職につかず派遣社員。

なんだか締まらないなぁ。
茜は時々落ち込んでしまう。

建物の外に出ると、茜色の空が広がり、海の香りが微かにする強めの風が吹いている。

大阪ベイサイド。茜は風の先にある遠い未来に思いを馳せた。

ま、いいか。
追い続ける夢はなくても、明日は明日の風が吹く。