オレンジ色の光の粒が巨大なシダレヤナギのように垂れ下がっている。


きれいだ。スマホの画面いっぱいに広がった写真を見ながら、亮太は呟いた。


海の日名古屋みなと祭花火大会のフィナーレの写真だ。連写を駆使していたがやはりピントがうまく合っていないのが多数ある。スワイプしながら写真をチェックしていた亮太は手を止めた。


そこには亮太と女の子が写っている。初めての自撮りにしては上手く撮れている。


彼女とはまだ付き合ってはいない。そもそも好意を持っているのかすら、自分でも分からない。


幼馴染の風子を除けば友達すらいない亮太には、恋なんて程遠い存在でしかなかった。


だが、ずっとひきこもりだった亮太にとって、名古屋港ガーデン埠頭へ出向くということ自体がハードルの高いことだった。しかも花火大会。大勢の人が集まり、誰か知っている人と顔を合わすかもしれない。そんな場所へ一緒に出掛けたのだから好意がない筈がない。


そんなことを考えていると手元のスマホが鳴った。彼女からのラインだ。


亮太は高校生の時にひきこもり生活に入り、この春まで4年間ほぼ家から出なかった。何も知らない幼馴染の風子のために久しぶりに出かけた際、名古屋城で声をかけてきたのが彼女、小春だ。


小春は高校二年生。亮太を一目見ただけで恋に落ちてしまったらしい。一緒に写真を撮ってくださいと真っ赤な顔で駆け寄ってきた時には驚いたが、その後も何か話すたびに顔を赤らめている。友達に後押しというより無理押しされ、勇気を出したらしい。


一緒に撮った写真をもらうためにライン交換し、それから連絡が来るようになった。ほとんど挨拶だけだったが、なんとなく映画の話題で盛り上がった。

それがきっかけで、土曜日に映画を観に行った。

花火大会に誘われた時は正直迷ったが、自分自身を前に進めようと思う気持ちもあって誘いに乗ることにした。



翌日の午後、亮太はアイスコーヒーを前に彼女と向かい合っていた。


これで、会うのは四回目だ。


持って来てくれたお土産を受け取り、旅行の話を聞こうと思ったが、会話が続かない。小春はラインだとレスポンスが早いが、顔を合わすとおとなしい。恥ずかしいのか、うつむき加減でもじもじしている。風子と正反対だ。亮太はぼんやり考えていた。


通路を挟んだ隣の席では五十絡みの男女が、かき氷をひとつと珈琲を二つ注文した。

座るなり、お盆休みの旅行の計画を話し始めた。上高地ハイキングへ行きたい女性と御在所岳に行きたい男性の話し合いだ。お互いに如何に自分の行き先が素晴らしいかを懸命に話す。喧々諤々で今にも喧嘩になりそうな勢いだ。


かき氷が運ばれてきた。目を見張るほど大きくソフトクリームまでのっている。


隣席の夫婦は、大きなかき氷を早速二人でつつきはじめた。ふたりとも満面の笑みだ。さっきまでの言い合いが嘘のように仲が良い。



「コメダ珈琲の夏の風物詩ですね。かき氷食べたいですか」

小春の言葉に我に返った。

「いや。いい。そろそろ出よう」

一瞬悲しそうな顔になった小春が、また俯いた。


蝉が忙しなく鳴いている。夏の太陽がじりじり照りつける。気温はなんと三十度を越しているらしい。いつの間に日本はこんなに暑くなったのだ。


青葉の香りを含んだ夏の風は爽やかだが、やはり暑い。青嵐が汗を誘う。


二人とも、少し俯き加減に無言で歩く。


恋になるか、ならないか。

それ以前に、まだお互いのことを何も知らない。亮太がひきこもりで無職だということも。


だが、それを伝えるのは今じゃない。それより先にすべきことがある。自分自身が自分らしく生きるためにどうするかを考えること。


「今日は誘ってくれてありがとう。」

彼女が乗る地下鉄の出入口で立ち止まり、亮太は小春の方を向いた。


そういえば一度も自分から誘っていない。ラインも送っていない。


小春が顔をあげる。


「今度はぼくから連絡するよ」

亮太の言葉に、小春が太陽のような笑顔を浮かべた。