■大統領選挙前のベラルーシで何が起こっているのか

 

ルカシェンコ大統領(ベラルーシ大統領府HPより)。

 

【本稿の要旨】

●政府系の調査では,ルカシェンコ大統領に投票予定の割合は72.3%,反政権候補トップは7.5%。一方,非政府系メディアの調査では,その後立候補が認められなかったババリコ氏が47%と最も多く,ルカシェンコ大統領はわずか3%。

●長期政権・経済停滞・新型ウィルスへの対応に関する国民の不満に対して,政権側は,兄弟国のロシアまでを外敵とする手段に訴えている。

●選挙管理委員会が政権の影響下にあるといえる状況ではルカシェンコ6選を目の当たりにすることになるかもしれない。ただし,明らかな集計結果改ざんや不正が報告されれば,国民の不満は一層高まり,ルカシェンコ交代の声が益々高まることも予想される。

 

■2020年8月9日に投票日を迎えるベラルーシの’異例の’大統領選挙

 

 東欧の国ベラルーシでは,2020年8月9日に大統領選挙の投票日を迎える(期日前投票は8月4日~8日)。1994年から大統領を務め6期目を目指す,アレクサンドル・ルカシェンコ大統領の他に4名が立候補。ただし有力候補2名の立候補が認められず,6選は確実と思われていたが,立候補を許された無名の反政権候補の集会に大規模な人数が集まる等,政権側としては予想外の展開になっている。ルカシェンコ大統領による長期政権,経済停滞,コロナウィルスへの対応から国民の不満は高まっているが,政権側はそれに対して同盟国のロシアまでを批判し,外敵を作ることによって対応しようとしている。事実を整理し,背景と展望を描く。

 

■事実

 

 ベラルーシ国営ベルタ通信7月14日付記事(https://eng.belta.by/politics/view/five-presidential-candidates-registered-in-belarus-131707-2020/)によれば,選挙への立候補者登録が認められたのは,ルカシェンコ大統領,アンドレイ・ドミトリエフ(真実を語れ党共同代表),アンナ・カノパツカヤ(国民議会代表者院(下院)前議員),スヴェトラーナ・チハノフスカヤ(政治犯でブロガーのチハ ノフスキー氏の配偶者),セルゲイ・チェレチェニ(社会民主党党首)の5名。一方有力候補と見られていた,ヴィクトル・ババリコ氏(元ベルガスプロムバンク頭取)は「外国勢力の選挙活動への関与」を理由に,ヴァレリ・ツェプカロ氏(元駐米大使)は,立候補のため集めた15万の署名のうち約半数が無効とされ「立候補に必要な10万の署名を集められなかった」との理由でそれぞれ選挙管理員会が立候補を認めなかった。これに対してベラルーシ各地で無許可デモが実施され,治安部隊によってミンスク市で200名以上が拘束される等各地で拘束が相次いだ(拘束者の中にはメディア関係者も含まれる)。

 

チハノフスカヤ氏(露スプートニク8月2日記事https://sputnik.by/elections2020/20200802/1045308950/Svetlana-Tikhanovskaya-kratkaya-biografiya.htmlより)

 

 この中で台風の目として注目されているのが,立候補を認められた無名のチハノフスカヤ氏。同氏はベラルーシのブレスト州出身の37歳。現在は働いておらず,2児の母(略歴は上記露スプートニク記事を参照)。夫は政権を批判する動画を投稿して人気を得たが,今年5月に立候補に必要な有権者の署名集めを始めることを中央選管に認められなかった上,その後警官への暴行容疑などで逮捕されたため急遽妻が立候補。7月14日に,チハノフスカヤ陣営は,選挙への立候補登録を拒否されたババリコ氏・ツェプカロ氏陣営と団結を表明。BBC7月30日付記事(https://www.bbc.com/news/world-europe-53603460)によれば,首都ミンスクで行われた同氏支持の集会には,人権団体の発表で6万人の参加者が集まったという。この規模は「ベラルーシでは過去10年で最大の野党集会だったとみられる(7月31日付AFP通信記事。現場で取材した記者の話)」とか「(同国が独立した)1991年以来で最大の政治集会とされる(8月1日付ワシントン・ポスト記事)」などと伝えられた。

 

チハノフスカヤ氏の集会の様子(スプートニク記事7月30日付記事https://sputnik.by/elections2020/20200730/1045304365/Massovyy-miting-prokhodit-v-tsentre-Minska.htmlより)

 

 なお7月30日に国営テレビ「ベラルーシ1」で,5名の候補者のうち,3名による公開討論会が放映されたが(ドミトリエフ氏,チェレチェニ氏,ルカシェンコ大統領陣営からは代理のガイドゥケヴィッチ氏が参加),チハノフスカヤ氏は討論会には参加していない。

 

■ベラルーシ国民の不満の背景と外敵にされたロシア

 

5月に非政府系のメディア「我々の空」が7500名以上を対象にネットで行った投票先調査結果(https://nn.by/?c=ar&i=252113&lang=ru

 

 国民の不満の背景には,ルカシェンコ大統領による長期政権,経済の停滞,新型コロナウィルスに対する政府の怠慢があると見られる。7月末にベラルーシ政府系調査会社EcooMが約2000人を対象行った調査では,ルカシェンコ大統領に投票予定の割合は72.3%,対するチハノフスカヤ氏は7.5%であった。一方,今年5月に非政府系のメディア「我々の空」が7500名以上を対象にネットで行った投票先調査では,立候補が認められなかったババリコ氏が47%と最も多く,ルカシェンコ大統領はわずか3%であった(他の非政府系メディアによる調査でもルカシェンコ大統領は3〜6%のみ)。この後「私は97%だ」とか「サーシャは3%(サーシャとはルカシェンコ大統領の名前,アレクサンドルの愛称)」などの抗議活動がネット上で広がった。 露モスクワのシンクタンク,カーネギーモスクワセンターの2020年6月2日付記事は,ベラルーシはパンデミックに際し「国境を閉じない等驚くべきリベラルな手法」とその対応が政権への不信へと繋がっていると指摘。そして今回の大統領選挙は「今年4-5%のマイナス成長の見込みである同国で,始めて経済的衰退の中で行われる」ことにも触れ,「これらの問題が抗議活動の復活に繋がっている」と論じている。

 

ワグネル戦闘員拘束の様子とされる画像(AP通信,https://apnews.com.ua/ru/news/boevikami-chvk-vagner-belarus-budet-torgovatsya-s-rossiei-a-ne-ukrainoi-politolog/より)

 

 この国民の不満に対して政権は「外敵」を作り上げ国民の目を逸らそうと躍起になっている。そして前回2015年の大統領選挙時とは異なり,今回はその矛先が兄弟国のロシアにも向かっていることが象徴的。「外国勢力の選挙活動への関与」があったとして立候補が認められなかったババリコ氏については,露ガスプロム傘下の銀行頭取という経歴が関連していると考えられる。さらに7月29日にロシアの民間軍事会社でウクライナやシリアでの紛争で暗躍してきたとされるワグネルの戦闘員33名が「テロ行為の準備(ラブコフ・ベラルーシ安全保障会議議長)」を容疑としてベラルーシ国内で拘束される事案が発生。ロシアのペスコフ大統領府報道官はこれを「ロシアの組織がベラルーシの情勢を不安定化させるため人員を送り込んでいる」という主張は「当て付けにすぎない(7月30日付露RBC記事)」と否定しており,メゼンツェフ駐ベラルーシ大使も拘束された人員に付きイスタンブールへ向かう途中ベラルーシに到着していたと述べたとされる(8月1日付露コメルサント紙記事)。これに対してルカシェンコ大統領は「何か他の意図があることは明らかだ。(同上コメルサント紙記事)」とかロシア側の説明は「うそ(8月4日の国民と議会向けの演説,AFP通信同日付記事)」などと述べて引き下がっていない。

 ただしこのルカシェンコのロシア批判の流れは,今回急に現れたものではない。同国はロシアの同盟国・兄弟国であるものの,2014年の欧米による対ロ経済制裁後ロシア経済が芳しくないため,ベラルーシは冷え込んでいた欧米諸国との関係再考を試みていた。2016年3月にはベラルーシ国内の政治犯の解放,ウクライナ危機の和平交渉場所としてミンスクを提供したこと等が評価されたと見られ,2016年3月にはEUにより経済制裁が解除された(特定の4名への個人制裁と武器禁輸を除く)。またロシアと度々石油・天然ガスの供給価格で衝突。2020年6月6日付露インタファクス通信によれば,ベラルーシは2020年5月に,サウジアラビアと米国からの石油輸入を開始(米国分は2020年2月のポンペオ米国務長官ベラルーシ訪問時に合意したもの),ノルウェーやアゼルバイジャンからも石油供給が始まったとのこと。終いにルカシェンコ大統領は,ロシアがベラルーシと進める連合国家につき「われわれは他国の一部になろうとしたことはなかったし、今後もない。兄弟国のロシアであってもだ(19年12日5日)」(https://www.jiji.com/jc/article?k=2019120700390&g=int)と述べるなど否定的発言を繰り返していた。ただ矢面に立たされているロシアもルカシェンコのこうした言動に困惑はしているものの,野党勢力はさらに親欧米色が強いと見ており,ルカシェンコとの関係を維持することに努めてきたと考えられる。

 

■展望

 

 上記国営ベルタ通信によれば,選挙管理員会は遅くとも8月19日までに選挙結果を発表するとしている。決選投票の場合は,8月23日迄に開催される見込み(最初の投票日から2週間以内)。しかしこれまで同国大統領選挙を監視し,度々不正を指摘してきたOSCEの選挙監視団は,今回派遣されないこととなった。投票での不正は慢性化されているとされ,選挙管理委員会が政権の影響下にあるといえる状況ではルカシェンコ6選を目の当たりにすることになるかもしれない。ただし,明らかな集計結果改ざんや不正が報告されれば,国民の不満は一層高まり,ルカシェンコ交代の声が益々高まることも予想される。

 国民の不満に対して強い指導者を示すため,ロシアをも利用するこの手口は一見度が過ぎた新しいものにも見える。しかしこの流れは以前から続いているものであり,ルカシェンコが大統領の座に固執する限り一定程度続くと見られる(ワグネル戦闘員の拘束等今回突発的に挙がった問題については,ルカシェンコが仮に当選すれば短期的に解決される可能性はある)。