このエントリーを書き始めているのは1月5日。
第3回もじのイチのちょうど一週間前です。
きっと言いたいことは当日上手く言えず、三分の一も伝わらないと思うので色々書きたいと思います。
私がもじのイチに携わったのは第一回から。
つまり2024年の頭ですが、その前に私自身は2023年5月でサークル活動を休止していました。
何かを創る活動をやめて、その場を創る側を知ろうと思い立って某夏冬の大三角形の建物のイベントのスタッフになってみたり、北海道コミティアのスタッフになってみたりと色々やっている最中でした。
もじのイチというイベントをやるよと、トオノキョウジ氏(以下トオノさん)が発表され、お手伝いしたいなんて呟いたところ、スカウトを頂きました。
じゃあしおえ(汐江アコ)は当日までまだ何をしたのか。
実はほとんど何もしていません。
フライヤーを北海道コミティアで配ったり別イベントで配布したり、一昨年は文フリ札幌で挨拶回りしたり。そんな程度。
つまるところ当日までの業務の大半はトオノさんがやったわけです。
私と、もう一人のメインスタッフのウォンバットやしろ氏(以下うぉんさん)はガチの当日用心棒です。
特に何かを気をつけていたとかはないんですが、強いて言うなら主催のトオノさんが常にフリーになれるように立ち回るようにしていたかな。
ほかは列整理したり、声張って人を呼んだり、アナウンスしたり、その辺は一般的な感じで、特に必須スキルはないです。
そんなことを、2024、2025、2026と三年間やりました。
やり切りました。やり切ったよね。
そしてもじのイチは伝説になったのです(なれーッ!!)。
〇 〇 〇 〇 〇 〇
第二回が終わった帰り道。
私とうぉんさんは今後のことを話していました。
「仮に今の勢いだともう一面借りるのも検討だよね」
「とするともう一人二人メインスタッフほしいよね。誰かいるかな」
なんてことを話したのです。
でも、その日は私の帰りの空港行きもあってそこまで深く話すことはなく、終わりました。
その数日後、オンラインで第二回の反省振り返り会をしました。
そこで上記の話をして、ひとしきりトオノさんに聞いてもらった後、トオノさんはこう言いました。
「第3回で畳もうと思っている」
せ、せ、青天の霹靂ィィィィィ~~~~~~~~~!!!!!!
まだ2回とはいえ、毎回サークル満員御礼、来場者数も安定して、イベントとしても収支が取れてる。何よりニーズをしっかりとらえている。
そんなところでの店じまい宣言。衝撃以外の何ものでもありませんでした。うぉんさんも同様です。
ただ、トオノさんの話を聞いていくうちに、私もうぉんさんも理解し、納得しました。
むしろ店じまいすることにワクワクを隠せなくなっていました。
なぜか。それはある種の憧憬でした。
綺麗なままでキャリアを終える。
スポーツにせよエンタメにせよ、そういう終わり方があります。
大概の場合はやめ方を選べない。もがいてもがいて現役を続けて模索して、でもダメで。
というスポーツ選手はたくさんいます。
というか大半でしょう。今年で最後だって綺麗にやめられる権利を持てるのはきっと少数なのです。
この先の人生、そんな終わり方はどんなことをしてもないでしょう。というよりは、その選択をしないでしょう。
だからこそ憧れてしまったのです。
ーーこの店じまいがこの先にある未来に影響を与えられるなら。
私はマイクを、シューズを、バットを、置こう、と。
そして、継続することだけが正義ではない、というのも理由です。
主催のトオノさんも述べていますが、一度始めたら走り続けないといけない。なんてバカな話はないのです。
止める自由も権利も主催にしか持ち得ないもの。
死ぬまで走り続けて、そうしてどうなる?
これが企業なら色々とアレがアレな問題もあるでしょうが、個人主催です。
もじのイチは、信じてもらえないですが、本当に個人主催なのです。
メインスタッフも2人で、主催含めてコアメンバー3人でやっています。
無責任に未来永劫もじのイチをやります、とは言えるわけがないのです。
我々も無責任に放り出すわけではありません。
限られた責任の中で、畳むという選択をとった。それだけです。
それだけのことができるイベントになっていたのです。
(もちろん、これだけ色々書いても伝わらない人もいるでしょう。
ありがたいことにイベント前からイベント後の今までエゴサが捗るのですが、
ありもしない憶測で語る人もいれば、勝手に復活という未来を語って第三者に期待を持たせる人も見かけました。
概ねもじのイチに参加しない人、参加しないけど物は申したい人ではあるのですが……。
「私は行きませんが」なんて枕詞をつけて語る人も事前にいました。
この類の冷笑系つぶやきを咎める法律はありません。が、言わせてもらえば巷の下世話ネタで盛り上がる週刊誌と同じで、「品がない」です。
つぶやけばつぶやくだけあなたの価値を自ら貶めるだけですよ、とついでにこの場で記載しておきます)
こうして第二回終了から第三回までの約一年間、トオノさん・うぉんさん・しおえは共犯者となりました。
店を畳むことなんて億尾にも出さずに、腹の底に二重三重四重の箱をしまって生きていたのです。えぇ、幾ばくかの罪悪感を腹に抱えて。
時に、ごはんとかお酒の場なので、いろんな人から未来の話(存在しない第4回とか、サークル募集数の話とか、会場拡張の話とか)をされる度に申し訳ないなぁという想いを抱えたこともありました。
確かに申し訳ないのだけど、それ以上にみんながイベントを想ってくれていることがたくさん伝わってきて、ありがたさを感じたのです。
そこまで想われているなら、きっと素晴らしいエンドロールを流せる。知らんけど。
もちろん、まだまだこれからだった時にもじのイチは店を畳みます。
異論はあるでしょう。そうでしょう。私だって最初はそうでした。
でも、こればかりは主催者特権なのです。
先に書きましたが、
イベントの未来について、意思を下す権利を持つのは主催者しかいません。
生み出したのはトオノさんであり、全てはトオノさんの意思次第なのです。
なぜなら、彼が主催であり神様なのだから。
〇 〇 〇 〇 〇
ここで少し、創作文芸の即売会事情について、しおえの私見を書き連ねます。
もじのイチではないにしても、新しく創作文芸のイベントは色んなところで産声をあげています。
しかし、どうしても創作文芸の即売会となると、文学フリマであったり、東京コミティアだったりが大きなところになります。
とてつもなくデカいか、ぴよぴよのひなか。
創作文芸の即売会は二極化しています。
「大きいところじゃ埋没しちゃう」「いやいや大きいところじゃないと見てもらえない」
「小さいところじゃ人が来ない」「いやいや小さいところだからこそじっくり見てもらえる」
結局は何をしても各個人の感じ取り方ひとつでイベントの印象は変わります。
(私自身、文学フリマではメリットデメリット双方を享受していたので、これは実感)
そんな中でもじのイチはそのどちらでもない規模感であり、絶妙なラインを攻めていました。
だからこそここまで話題になったと思っています。
嵐は起きないかもしれない。凪の時間は多いかもしれない。それでも常に「港」には人が来てくれる。
のんびりとした港街が、都立産業貿易センタービル浜松町館にはあったのです。
結局のところ、色んな人が来て、ゆっくりと本を読んで、自分に合った一冊を探せる。
それもゆったりした時間の流れの中で。
サークル側にとっても、凪の時間が多いとつまらないですが、もじのイチはゆるゆると人が来てくれる。
本を買う側売る側双方でいい相乗効果があったのです。
(もちろんガチャ企画という飛び道具の効果もあるのですが笑)
1/12、イベントは今回で終わりですって開幕時のコメントをした瞬間にすごいことになる。
そしてイベント中から終了してからも現地は勿論タイムラインでもその話題がたくさん出てくるでしょう。
きっと好意的なものも、ちくちくしたものもある。
それを言う権利は誰にでもあるので、そのこと自体はいいんです。
「もじのイチなんでやめちゃうの?」
「もじのイチがちょうどいいイベントだったのに」
「もうちょっと続けて欲しかった」
あたりが多い予想です(この辺りは1/5に書いたものなので予想と記載。まぁだいだいあっている)
でも畳むことを決められるのは王様だけ。
それだけはすまん。
だからこそ、しおえは言いたいのです。
「イベント、作ってみれば?」と。
何を簡単に言ってくれるこのクソしお野郎。そう思うでしょう。
でも、もじのイチの代替となるイベント、出来ない話ではないのです。
いーやできないねッと思っているのは、イメージがデカすぎるからなのです。
ということで極端な例を用います。
イベントを立ち上げよう!
その大志だけでいきなりコミックマーケットやコミティア規模のイベントができるでしょうか。
ビックサイトや大阪、名古屋のデカイところのイベント会場でイベントを動かす絵が浮かぶでしょうか。
うーん、できません。しおえも無理!
もちろんできる人もいるかもしれませんが、相当ハイレベルとは思います。
なぜなら、自分自身でコントロールできる範囲が自分のキャパシティと比べて大きすぎるから。
会場の規模、広告宣伝、来場想定、それに応じた人員確保etc
やることが……やることが多すぎる……!
では、もう少し規模をコンパクトにしましょう。
今はもう使えないけど、東京都文具会館とか綿商会館とかではどうでしょうか。
あのワンフロアならちょっとは光が見えてきませんか?もちろん一筋縄じゃいかないですが。
まだ見えないなら、極端な話、レンタル会議室ならどうでしょうか。
借りるのも最近は簡単になってきました。しおえはレンタルルーム借りて主催イベント(という名の酒を飲むイベント)をたまに開催しています。
あら、まだ厳しい?じゃあマンションの一室なら?
コントロールできる気がしてきませんか?(マンションでやっていいかは置いておきます)
一般的に、物事は大きくなればなるほど大変になります。
先の会場規模の話を飲み会の話に置き換えます。
1000人集まるパーティを開く企画をやれと言われたらどうでしょうか。大変ですね。私もイヤです。
それでは、100人程度では? うーんまだ多いかな。でも会社とかなら何人か人を募れば企画できるかな?
いっそ部署でやる飲み会なら企画できるかな? 10人? 意外と10人席って難しいかな。でもこれなら一人でもできるかな。
まだ無理? じゃあ仲の良い人4人でプチ忘年会にしようか。4人だからこその小回りも効くね(そんなに仲の良い人いないという悲しいツッコミはやめましょう。おれが一緒に飲んでやるから)。
それでも厳しければ、本当に信頼できる人をサシ飲みに誘えれば十分(場合によっては難しくなる点は割愛します)。
でも、ぐっとコントロールできる気がしてきましたね。
要は理想と現実のギャップなんです。
イベントを創りたい。その想いが先走るとどうしても理想形のイベントの規模が出てきます。
文学フリマも今でこそ東京ビッグサイトを使う大規模イベントになりましたが、その前は流通センター、しかもその前は流通センターの別館。
いきなりあのデカさでやっていたわけではありません。
文フリ札幌も当初はテレビ塔の貸し会議室みたいなスペースから始まって、気が付けば自治労会館を経て、コンベンションセンターに至っています。(今思うとテレビ塔でよく開催したな……)
理想とするイベントと自分のキャパシティにギャップがあるから、できないと感じるのです。
ではどうすればできるのか。
先に例示しましたが、達成できるレベルの細分化を行うのです。
マンションの一室から始まり、徐々に企画力をつけていき、レンタル会議室、小さな会館、中くらいの会館、都産貿のひと区画。
RPGと同じで、一朝一夕でラスボスに挑むこたぁできないのです。
そのプロセスで、色んな成功失敗をして、強くなって戦いを挑みます。
それと同じことなのです。
昨今はタイパという単語が溢れていますが、イベントを創ることにタイパはないです。
小さい頃から学校行事を運営したり仕事で色んな企画を立ち上げたり、なんて人はあっさりできるかもしれませんが、それもレベル上げが十分だからできるのです。
「じゃあ何も持たない私たちはやっぱり地道に歩むしかないの?絶望だわ!」
としおえの中のマミさんが言ってる。まぁそれはそう。……あなた一人ならね。
今この時代に生きているあなたたちはきっと好運です。
幸いなことに、同人という道は徐々に道幅が広がり、視界も広がっています。
何が言いたいかって言うと、ノウハウはたくさんあるのです、世の中に。
しかも比較的見える形で私たちの目に飛び込んでくるようになってきたのですよ。
先人たちが切り開いたものは、全て知識。
トオノさんも「もじのイチのつくりかた」というタイトルでノウハウ本を出しています。
もじのイチのつくりかた~小さな創作同人誌即売会立ち上げレポート~販売開始です! #もじのイチのつくりかた|kyozy_tohno|pixivFANBOX
読んでね!(これは癒着ではありません。自主的な紹介ですホントダヨ)
もじのイチが終わった今、なんでイベントの作り方の話をしているのか。
なんででしょうね。
でもどこかで第二第三のもじのイチが生まれることを私は期待しているのかもしれません。
(こう書くとまるで魔王みたいだけども。この世に文字がある限り、的な)
そのイベントに、いつか私が創作文芸活動を復活した際にサークル参加したい気持ちもあるかもしれません。
もちろん、昨今のイベントの二極化を心配する部分もあります。それも事実。
いやまぁイベントに限らず、企画をしてみるのは色々と勉強になるのです。
自分自身のことを振り返ると、某アイドルマスターのファン寄せ書きとか打ち上げとか、同人アンソロジー企画とか、フラスタとか駅広告とか結構色んなことをやっていて。
たぶんやらなくてもイベントは十分に楽しい。それでもやったのだからきっと私は変わり者なのだろう。知ってた。ストレンジャー。
結局のところ何が言いたいのかわかりにくくなりましたが、思ったこと全部書こうと思ったので許してクレメンス。
(イベント後に加筆してるものもあるけど、ほぼ一筆書きなのです)
最後に。
過去いずれかの回に参加してくれたサークルのみなさまにありったけの感謝を。
また来場してくれた方々にもあふれるほどの感謝を。
受付ヘルプと巡回ヘルプに入ってくれた方々には最大限の敬意を。
そして。
創作から離れていたしおえがギリギリ創作文芸とのつながりを持てたのはもじのイチのおかげです。
スタッフとして召喚してくれたトオノさん、そして主催を支える相棒うぉんさん、本当にありがとうございました。忘れられない3年になりました。
3人が出会ったのはたぶん2015年新宿。まさかこうしてリユニオンできるなんてね。
人生何があるかわかんないもんだ……。人がつなぐ縁にちょっと感謝した、そんな3年です。
長くなりましたが、この辺で。
トオノさんがした種まきがいつか芽吹く日を夢見て。
まぁまたどこかで。
追記
参加者の皆さんのレポートやつぶやきを見ていると、
「イベントってどうやって作るんだろう」というのを見かけます。
ということで、トオノさんがまたプチ企画を立ててくれました。
「もじのイチ」みたいなのを開きたい人たちの集い | Peatix
※しおえはいません。ほら……そんな軽率に上京できる場所にいないからさ……。
ご興味ある方はぜひ。



















































