私はある人に

あなたは自分がマイノリティ、つまり少数派だということを自覚してね

と言われて驚いたことがあります

 

そして、その人に

少数派なんだから、例えば普通の主婦ならこうするだろう、ということは考えないでね

あなたはそういう主婦にはなれないのだから

と言われました

 

その時は自分が少数派だとは思っていなかったのでショックでしたが、

過去の私を振り返って考えてみました

 

すると確かに小さい頃の私は少数派でした

その頃の私はほとんど誰とも話をしませんでした

話さなくても考えていることがわかると思っていたからです

そして、本を読むのが好きだったのでほとんど空想の世界で過ごしていました

 

特に覚えているのは幼稚園の頃です

4歳の時にすでに大人びた思考をしていました

 

幼稚園の先生のスカートめくりをする男の子のことを

なんてガキ(子供っぽい)なんだと思っていたし、

本気で怒らず優しく注意する先生のことを、

本当は腹が立っているかもしれないけど、子供相手だからおさえていてえらいなー

と思っていました

 

私の幼稚園ではプールの時間に水着ではなくパンツ一枚にさせられました

それがとても嫌でした

なぜこんな恥ずかしい恰好をさせられるのか・・・

しかもそのあとプールの淵を持ってみんなで円になり、先生がパンツをめくりお尻にホースで水をかけていくのです

とても屈辱的でした

でも同級生たちはキャッキャッと喜んでいるんです

当時の私は、なぜ私もみんなみたいに無邪気になれないのかと悩みました

 

こんな私だったので当然友達はいませんでした

 

友達がいなくて寂しいと思っていたかどうかは覚えていませんが、

遠足から帰ってきた私に母が

誰とお弁当を食べたの?

と聞き、

一人で食べた

と言ったとき

母が悲しそうにしているのが悲しくて、

自分のためじゃなく母を悲しませないように友達を作らなきゃ、普通の子みたいにならなきゃ、と思いました

 

今思えばこれがきっかけで、こんな私はダメだ、変わらなきゃいけない

と思ったのかもしれません

 

でも、変わるきっかけなんてそうそうなく、

小学生になった時も一人でずっと本を読んでいました

本の世界は現実世界に馴染めない私を夢の世界へ連れて行ってくれました

特に好きだったのは魔女や魔法使いや妖精の話

ここから占い好きになっていったのだと思います

 

そして転機が訪れました

引っ越すことになったのです

これで変われるかもしれない

と期待したけど・・・

でも、やっぱり変われませんでした

そこでも一人でずっと本を読んでいました

 

でも、登下校で一緒に帰る近所の女の子とは少しづつ仲良くなれました

そうやって、少しづつ他の女の子とも話せるようになっていきました

幼稚園の頃の私に比べると友達ができたことは大きな進歩です

でもこんな私ではまだまだダメです

もっと変わりたい

 

次のきっかけは中学生になる時でした

いくつかの小学校が集まってくるので、過去の私を知らない人たちと出会えます

そしたら、そこで元々明るいという子を演じようと思ったのです

そうやって、頑張って少しづついわゆる普通の子になっていきました

 

高校もあえて少し遠いところで仲良しの子がいないところを選びました

そこではもう少し違う私になることができました

 

大学は家を出て一人暮らしをしました

友達は一人もいないので、私は大きく自分を変えました

積極的な私、明るい私

 

そこからはほぼ今の私です

 

こういう私に抵抗感もなく変われたので、もともとそういう要素もあったのでしょう

もしかしたら、今の私を知っている人には

行動的だといわれるので行動力はもともとあったのだと思います

 

ずっと変身願望があり、そして

こんな私はまだまだダメだ

もっと頑張らなきゃ・・・

とずっと自分を否定してダメ出しをし続けてきた私の話はまた次回に・・・



あとは、左利きというのもマイノリティの要素になるかもしれません

赤ちゃんの時におもちゃを左手で持つ私に

マジョリティこそ正解だと思う母によって記憶がないくらいの時から矯正され

お箸と鉛筆は右利きになりました

なので私は右利きと左利きが混ざり、たまに自分でもこれはどちらの手を使えばよいのかわからない時もあるような感じになりました

でも、他人から左利きなの?と言われることがあるので、

やっぱり意識していない時は左手を使っているようです

右利きの人にはわからないと思いますが、この世は右利き用に作られています

これ反対ならいいのにと思うことがよくあるので、その時に

そっか、みんなはこっちの方が使いやすいのか・・・

と思います

 

 

あなたは少数派だと言われたことは

実は、私の魂を霊能者の方にみてもらった時の言葉なんです

えっ?と驚きましたが、魂も肉体もそうだったのです

 

そして、そんなことは日常的になりすっかり忘れていたのですが、

今日、たまたまおススメに上がってきていた石丸市長と高島市長の対談動画をYouTubeで見ました

すると、マイノリティになる経験は大切だと話されていてその話に感動しました

留学中、言葉や文化の壁で自分がマイノリティ側になった時、どうやってそれを乗り越えていくのか、どうやってその環境の中で生き抜いていくのかということを学んだことがとても良い経験になったそうです

 

少数派の立場になって初めて、多数派にいる時には気付かなかったことに気付けるようになったり

自分とは違う立場の人の境遇や感情を想像することができるようになります

 

私もこれはとても大きいと思います

私は相手の立場からみるとどうなのか、とよく考えます

たまにその思考癖が自分を追い詰めて苦しくなる時もありますが・・・

でも、人それぞれ考え方が違うということに気付くきっかけになると思うので

これからもできるだけ多角的に物事を見ることができる人になりたいと思っています

 

 

 

 

 

ずっと普通になりたい、普通でいたいと思いながら

私の魂はちっとも普通になりたいとは思っていないようで笑

波乱万丈の人生の方が面白そうだと思っていたり、ファッションや選ぶものに個性を出したい私がいます

 





私は、一人一人どこか人と違うのだから誰もがマイノリティだと思います

 

地の時代と言われていた頃の日本は

みんなと同じが安心

という考え方でしたが、

だんだん個性が認められるようになってきました

まだまだ世間では白い目で見られることもあるかもしれませんが、

みんな自分の個性をどんどん出していって、

そしてそれを認めてくれる社会になってほしいと思います

 

誰もが自分だけの魂の輝きでいろんな色で、いろんな光り方をする

そんな自由な世界に早くなりますように・・・