今日は冬映画のメイキング映像を見たりカブト劇場版を見たり、
リメイク仮面ライダーのfirstの方を見たりして充実してました(特撮的な意味で)。
本当はW14話の感想でも書いておく予定だったのですが
せっかくなのでカブトの方の感想を残しておきたいと思います。


カブト劇場版「God Speed Love」DC版

・初めの方は事情が掴めずにあたふた。一緒に観てた人に
「え、これパラレル?パラレル?」「渋谷どころじゃないよね?
地球軽く滅びてるよね?」と聞いてたりした。事実滅びてた。

・知ってるネタバレと言えばドレイクさんが蜂の巣になったり
サソードさんの活躍が序盤の数秒しかなかったり、ライダーが隕石になったり
武蔵が青い薔薇だったりするよ!くらいしかなかったので。

・しょっぱなの加賀美の格好に「?」となる。
後々これがゼクトの制服なのか!と気づいたときにはもう本編とは
全く違う舞台背景なんだなと実感した頃だった。
そして長身の三島さんに期待した。

・パラロスとはまた違った荒廃模様。だれもがツッコんだことだろうけど、
そんな背景に鯖。食堂も病院も人の格好もキレイすぎ、というか
本編との違いがなくてそこは逆に「撮ってる時に違和感はなかったのか?」
と頭ひねるレベルだった。

・対立構造がゼクト対ネオゼクト→カブト・ガタック対ゼクト(ワーム)な感じに
すっきりしていたのでそこは良かった。

・ただライダーが死ぬ間際のセリフまでポエムじゃなくていいと思うんだ。

・ひより絡みは個人的に好き。
というのは、不治の病とか「俺は(ただ)…、~になりたかっただけ(なのに)…」とか
新旧秘書中の人対決とか、別ベクトルの思い入れがあるせいかもしれないけど。

・しかし医者に「治してやってくださいよ!」と詰め寄る加賀美と
廊下でただ一人たたずむ天道の対比とか、結婚式の神父役を務めてやる
天道とかが好きだったんです。

・細かいことを気にしなければ、思わぬ形でキレイに本編に繋がる形になっていたので
前々から聞いていた評判ほどの悪さは感じませんでした。

・特に最後の海辺のシーンは良かった。

・それだけに本編でのネイティブ絡みのあれこれとかワームのぶん投げっぷりが
際立つのが残念。

ついったー見てると北岡先生(@龍騎)の病状が早まった原因=消えない虹、
というかスタッカートのせい、が定説になってて笑ってしまった。愛されてるなあ。


ついでにやっと見れたシンケンジャーの感想とか。



42話「二百年野望」


・日常パート。源太が侍出身じゃないこと、やクリスマスの前フリは
絶対来週の後半でなんかあるって信じてる。(特にツリー)

・「ビントロでございますね」がツボ。

・たったそれだけの軽口だけど、源太が「侍じゃない」と改めて認識した
ところに、以前あれだけ「侍じゃないから」とこだわっていた流さんが
寿司を頼んでフォロー?した、というところに色々込められていると思う。

・地獄出現=人にとっても外道衆にとっても大変なこと、って
アクマロは正しい第三勢力だなあ。

・そんなアクマロにシタリが転がされたときのススコダマに和んだ、
というかちょっと庇ってるようにも見えた。
せんs…「おじいちゃんをいじめないで!」みたいな。愛着湧きすぎ。

・そして正しい販促回だった。巨大戦とか「次は虎か!」と思ったら虎だった。
年末商戦ということで露骨にも見えるけど、物語序盤~中盤のことが
思い出されて個人的には良かった。

・シンケンジャーの殺陣もそうだけど、最近はアクマロさんの
動きがキレイだなーと思いながら観ています。

・シンケンジャー側のドラマで家族について散々掘り下げてきた、
この流れで十蔵にも家族話か!と一人納得。

・もはやクリスマスどころじゃない荒廃模様だけど、アクマロも
野望語っちゃったし、そろそろ退場なんだろうなとしんみり(?)。

・アクマロさんの野望「地獄を見たい、味わいたい」は混じりけのない
欲なだけに嫌いになれない不思議。感覚的には源太の「わっけわかんねぇ!」が
一番しっくりきたいところだけど、むしろあれだけのことをするのにワケとか
わかっちゃいけないよな、と別の方向でうなづいてしまった。
小林さんの悪役は好きです。(キャラとして)

・太夫が十蔵の話の場にいたことは意味があるんだろうなあ、というか
来週何かあるんだろうなあ。この引きで年越さなくてホントに良かった。
ライダーとか後編が一週空いてしまうみたいだし。

・VSゴーオンの宣伝が良い意味でおなかいっぱい。
来年もこんな風にシンケンが見れるんだろうな、と思うと今から楽しみです。
ディケイドからライダーに触れて、過去ライダーにどっぷりとハマり、それだけに
いろんな思いを抱えて観ることになったディケイド完結編。
その冬映画の中で「結局ディケイドとはどういう存在だったのか?」的なことが
触れられていたので、どうせならと本編通して考察?してみました。

どこかでメタフィクションメタフィクション言われてたのでそれに乗っかりつつ。
細かいところまで覚えてはないので粗が多いとは思いますが、自分はこれで
「ディケイド」を消化出来たかなと思っています。




メタ的な視点から

・平成ライダー10周年、ということで、(ディケイドの時点では)今までに9つの
ライダー達の物語が存在していた。しかし全く世界観の異なるそれら9つの物語は
確かに人々の記憶の中に存在するものの、そのままではいつか話すら混同され、
忘れ去られる運命にあった(=世界の融合・消滅)。
そしてそんな「物語の揺らぎ」をそのまま体現しているのがそれぞれのリイマジ世界である。

・そこでこれからも9つのライダーの物語が存在するために(受け継がれていくために)
再び今までのライダーたちが活躍する(戦う)物語を紡ぐ必要があった。そのためその
ライダーたちが戦う相手として世界(物語)の枠を越えることの出来る敵「ディケイド」が
生み出される。つまりディケイドはそもそもメタ的な観点から出来た敵役(破壊者)であり、
そのため9つの物語についても基本知識として備わっていた。また「ディケイドの物語」
という大きな枠組みに今までの物語が内包されては元も子もない(融合が進むだけな)ので、
ディケイド自体に「ストーリーはない」という特異な存在ともなっている。
(鳴滝が「破壊者」とだけ繰り返すのは元々「それしかない」存在だったことを暗示、とか
良いように言ってみる)

・そして本来の意図としては次はいよいよ歴代ライダーとディケイドが戦い、というのが
最良の道ではあった、が、前述の通り人々の記憶が薄れてきておりディケイドが巡れるのは
原作ライダーの世界(物語)ではなくリイマジ世界のみに留まってしまった。そこで
オリジナルライダーたちはディケイドにそのリイマジ世界のライダーたちを否定(破壊)させ、
ついでオリジナルとの様々な相違点を示すことで人々の中にある原作の記憶を蘇らせる
(再生させる)というやや回りくどい道を取ることになる。(その「ライダーたちの記憶が
人々に残っているか」の指針がディケイドの持つカードの力の有無)

・つまりそのままならばこの半年間「全てわかっている敵」ディケイドがひたすらリイマジ
ライダーを倒していく、という救いも何もない筋書きが描かれるはずであった。(ディケイドに
物語はない、というのはこの辺りも示唆している?)その進行役が鳴滝であり、彼はリイマジ
ライダーとディケイドの戦いを促進させ、かつリイマジ世界からあぶれたライダーたち
(ゆえにオリキャス)を召喚することで原作の記憶の補強をする役目を負っていた。



第一話~

・しかし実際に生まれたディケイドはその時肝心要の「破壊者」であることを忘れたことで
「自身の物語を紡ぐ可能性」を残してしまう(=主人公になってしまう)。そこで夏海
(主人公を受け入れる恒例の場所)の世界やディエンドの世界(主人公の先輩/ライバル
ライダーという恒例の存在)が新たに出来上がり、本来想定されていなかった士の
周辺人物の設定/役割すら急遽生まれることになる。(特に「写真」は「戦う」ことを
忘れた士が世界と向き合う代替手段であった)

・そうして新しく出来上がったディケイドの世界(仮)こと夏海の世界は、ただただ
平成ライダーの敵として生まれたディケイドのあり方を示すように今までの敵勢力が
集合する地獄へと変化する。しかしそれが物語のなかったはずのディケイドに「世界を救う」
という目的を生み出し、本格的に物語が芽生え始めるきっかけになった。

・その後始まった士の旅は、しかしいかんせん破壊者であることを忘れ、一方で9つの物語の
記憶だけは持っていたことで、リイマジライダー/世界を肯定する旅になってしまう。
それはむしろリイマジライダーの方が人々に記憶される(認められる)ことを意味しており、
結果ディケイドのカードに力が戻る、というのも「原作の記憶がリイマジに上書きされ、
人の記憶に残った」という本来の意図とは真逆の状態を意味していた。

・ついでにそれぞれの世界で士に様々な役割が用意されていたのは、いわばメタ世界の
住人であり設定(背景)すらない、しかも「破壊者」という自分の存在意義(役割)すら
忘れたディケイドをどうにか「ライダーとして」物語世界の中に受け入れるための必要措置。
破壊者という設定のままならば役割を与えられることもなく、世界を救うエピソードの
きっかけすら存在しなかった。


9つの世界後

・こうして響鬼の世界までを巡り、否定するはずだったリイマジを肯定し続けたことで自ら
「ヒーローとしての物語」を紡いでしまったディケイドは、続くネガの世界で夏海のエピソード・
恒例のフォームチェンジを獲得し、(加えて悪役としての自分を否定)次にディエンドの
エピソードまでを創造する。結果「ディケイドの物語」が現実味を増し、その中にリイマジの
世界も含まれていることで物語の融合が加速度的に進行、ついに昭和ライダーの物語までが
「ディケイド」の世界に登場し、またそのことで新たに「ディケイドの敵役として」生まれた
大ショッカーが緩んだ世界の壁を越え暗躍することになる。

・夏映画はそれらが合わさって生まれた「ディケイド」の物語の集大成。
(そのため「士の妹」や「大首領であった」などのバックボーンがここで一気に明かされる)

・そして士一行はついにライダー大戦の世界(融合の果ての世界)に辿り着くが、今まで散々
ディケイドがリイマジの方を肯定してしまったため、その場に存在していたのはもはやオリジナル
でなくリイマジライダーたちの方であった。しかし新しく記憶されたはずのリイマジライダーたちの
世界も既にディケイドの物語に飲み込まれており、更に「ディケイドと戦わない」道を選んだことで
消滅の危機に。そこに辛うじて現れた剣崎・渡らオリジナルライダーたちは自分達の物語/存在した
記憶を守るため、「自身とディケイドが戦う」という最終手段を選ぶ。(その場に五代クウガが
いなかったのは、「ディケイドの相棒」ユウスケクウガの方が人々の記憶に強く刻まれてしまった
ため。何故最終手段かというと、ディケイドの物語が紡がれてしまっている今、下手をすると
主役ライダーですら「ディケイドの悪役」として記憶を上書きされる恐れがあるから)


冬映画

・そして迎えた冬映画のディケイド、は、自身の宿命通りにライダーと戦い、世界の融合・消滅を
「設定どおりに」食い止めた。その後は当然「破壊者」の存在意義がなくなる=ディケイドは
消滅することになっていたが、ディケイドに関わることで(本来イレギュラーではあったものの)
存在を許された夏海たち、リイマジライダーたちの記憶により、半年間の「ディケイド」の物語が
新たに「10個目の物語」として正式に認められ、その主人公たる士も復活した、というお話。