2025年8月4日(月)
🌟ますみんファーム実践日記🌟
~除草剤は『悪』なのか❓~

連日の猛暑で☀☀☀
実家の耕作放棄地の雑草は勢いを増し

刈っても刈っても
すぐ元通り‪🌱‬‪🌱‬‪🌱‬

雨が降らずカラカラの大地にも
力強く逞しく生きるその生命力にはアッパレ‪🌱‬




この暑さには 老人でなくとも辟易する中
87歳の父は、毎朝4時に起きて耕作放棄地へ行き

痛む脚を引きずりながらヨロヨロ歩き
備中鍬で雑草を掘り起こす

掘り起こした地面にペタンと座り
根っこの土を払いながら雑草を抜き集める

日が昇って暑くなるまでの3~4時間
ほぼ毎日それを繰り返し

耕作放棄地をコツコツと
ひとり手作業で草取りしている




少し前に母から連絡があった
💥父が、除草剤を撒いた💥と。

私も草刈りしながら気が付いた
まだらに不自然な枯れ方をしている大地・・・

私の心には なんとも言えない想いが渦巻いた🌀🌀

「私だったら」除草剤は撒かない
大地が死んでしまうから。

しかし、それは私が「動ける」から。
動ける人間の視点だ

歩くのもやっと、目もよく見えなくなった父が
この暑さの中、毎日毎日手作業で草取りをして

それが どれほどの苦労なのかは
察するに余りある

耕作放棄地はひとつじゃない
アッチにもコッチにもまだまだ広い土地がある

全てをひとりでどうにかするなどできっこない
きっと途方に暮れたのだろう

お金を払えば業者に頼むこともできるけど
ずっと自分で全てをなんとかしてきた父にとっては
「もったいない」という想いがあるのだろう

元気な時は、父だって
草刈り機ぶんぶん振り回し
何度も何度でも刈ってきたのだ

【 苦渋の選択 】
【 止むにやまれず 】

私は、とてもじゃないけど
父を責める気にはなれなかった

「私がぜんぶ草刈りする」とも言えない
私には私の 大阪での暮らしがあるから。

誰も悪くないじゃないか。

きっとこの世界
誰もが自分なりに精一杯生きてるだけなのよね

みんないっぱいいっぱいになりすぎて
まわりを思いやる余裕がないだけなのよね






父が除草剤を撒いたのは
地目が『宅地』の土地だけ。

『農地』は今でも
せっせと手作業で草取りを続けている

これが父の
大地に対するせめてもの誠意だと感じる

管理し切れないほどの土地を持て余す前に
血縁を超えて助け合えるコミュニティが
かつてはあったのだろう

それ以前に
「コッチはオレのもの」「ソッチはおまえのもの」

そんな所有と独占の概念がなかった時代には
大地は「みんなのもの」で

なんの争いもなく
すんなり次世代へ引き継がれる宝物だったはず。

現代社会の歪みと限界を嘆いたところで
私にはどうすることもできないけど

私は、今の自分にできることを
心を込めて精一杯やっていくだけ。

生きるって、きっと
そういうことの積み重ね。




何が『善』で、何が『悪』かなんて
本当は誰にも決められない

結局は、善も悪もないんだよ

それを勝手に決めつけるのは人間だけ。

人間が 極限まで環境破壊を続けようとも
地球は黙って全てを受け入れてる🌍

除草剤が撒かれた大地に
「ごめんね💦ごめんね・・・」

心の中で謝る私に
優しい風が吹いてきた・・・

大地は全てを
いつでも黙って 受け入れている




ますみんファームで
スイカ🍉とカボチャ🎃を初収穫



畑に一緒にいた父に見せたら
「よいのんが成ったのぅ❗」と笑顔。

父と娘、笑うふたりの間をまた
優しい風が吹き抜けた

父「おぉ~ええ風じゃあ~」

私には、風の声が聞こえた気がした

『人間も大変ね
みんなみんな おつかれさん』

そのほんの10分ほど後
実家の土間に採れたカボチャを転がしておいたら

父がそれを見て
「ほぉ~👀こんなん成ったんこ❗」と驚いている

《 ひと粒で 何度もおいしい ボケ老人 》

人生のすべては、味わうためにある

《 喜怒哀楽、幸も不幸も、味のうち 》