毎年11月23日に所属教会で黙想会がありますが、今日は仕事で行くことができませんでした。ですが第1講話の時間はちょうど私の電車移動の時だったので、ストリーミング配信を少し見ました。
イヤホンで音声を聴いていただけなので集中していなかったけれど、A神父様の
「祈りはエナジードリンクや鎮痛剤ではないです」
という言葉があまりにキャッチーだったので今日のブログネタ。
エナジードリンクとはカフェインが多く入った炭酸飲料で、カフェイン、アルギニン、糖分などで目が覚めて飲むと活動的になるので、若い人を中心に世界中でハマっている人がいる、ある意味不健康な(?)ドリンクです。
エナジードリンクを飲むように祈るとは朝に「もっと活動的に動けますように」と祈り、鎮痛剤を飲むように祈るというのは、夜にその日の体の痛みなどを軽減してもらうことを願う祈り、だって。
A神父様は、洗礼を受けたキリスト者が自分のことだけしか祈らないということを問題視しているので、エナジードリンクを飲む感覚の祈りを否定したのではないけれど、なるほど直感的でわかりやすいな、と思いました。
自分に直接、日常的に関わっていることに対して祈るのは簡単ですが、そうではないことを祈るのは意識していないとなかなか難しく、きっかけが必要かもしれません。
視野や見識を広く深く保つのは、それなりの努力が要りそうです。

