今週の水曜日の、パパ様の水曜恒例の一般謁見での講話を読んだ方(またはYouTubeで見た方)はいらっしゃるでしょうか。私は外国語がいまいちなのでカトリックメディアが抜粋した要約くらいしか読まなかったのですが、それが衝撃的で、ブログにできなかった。


毎年カトリック教会は「今年は○○年」というのをやっていて、先月の8日から2021年12月から2022年12月は結婚と家族年、みたいな名前(まだ日本公式の名前では見てない)がついていて、教皇様の水曜講話ではそういう内容の話が続くと思われる。

さて、5日の水曜講話でパパ様は

「子どもを持つ代わりに犬や猫を持つ人がいる」と発言されました。「親になる勇気を持たなければならない」とか「子どもが持てないカップルは養子を迎えることを考えて」とか、内容だけ取り上げるとなかなかだ。そう思ってブログネタにはしないで日本語でカトリック信者がSNSに発言する人が出てくるまでスルーしようと思っていた。


ところが昨日Yahoo ニュースに取り上げられてた。なんだか怖くて読まなかったけれど…ガーンコメントもたくさんついているので、興味のある方は見てもいいかもしれない。


実際に結婚しない、子どもを持たないという選択をする人は私の周りにもたくさんいるし、子どもがいないという事実だけ見ればそこに私も該当すると言えるだろう。しかしキリスト教、ましてカトリックの価値観では結婚はカトリック信者同士だと秘跡で、子どもを多く持つことは旧約聖書時代から神の恵みの現れと考えられている。それを知らない人がパパ様の発言だけをネットニュースで見ちゃうと…まあ宗教フィルターのかかった目で読んでくれてるとは思うんだけどさ〜。


(しかしフランシスコ教皇様は2、3年前くらいか、ウサギみたいにたくさん子どもを作る必要はないとも発言している。それも軽く炎上したな)


結婚は秘跡。

ここが重要なことで、子どもはその結果だ。ヨーロッパでは毎年信者を辞める人が後を絶たず、秘跡でない結婚制度はなんなの?と考えた人が事実婚(法的拘束力のある公的パートナーシップ制度のこと。遺産相続は親子のみでカップル間にはない。子どもの権利や義務は両親が解消後も平等に持つ)に流れるのもよく分かる。


結婚を法律的、社会的な契約のひとつとして見るか、秘跡(または秘跡的なもの)と考えると全く違うお話。


 

 

 

 

 

 

 

 

 


 いろんな本が出てる。