8月9日…長崎を思いつつ。

年間第19主日です。S井神父様の司式のミサ画面から、四谷の土手の蝉時雨が聞こえてきました。ああ、いかにも夏です。

今朝はオンラインのミサで祈りましたが、先週は3回教会に行きました。
教会には何をしに行くの?
共同体を通して「キリストに出会うため」

S井神父様は同世代なので近しく感じます。ローマから帰国されたのちJ智大学に派遣されていますが、イグナチオのミサシフトによく入っていますよね。お話ぶりがダイナミックで情熱的なので聴いていて毎回惚れ惚れします。
ところで、先日ロシアのバレエ学校のドキュメンタリー番組を見ていたのですが、今から国家試験!という学生さんたちに、校長先生が祝福していました目祝福を受ける生徒の幾人かは十字を切ってそれを受けていました。

なんて素敵な光景キラキラ

ロシアだし十字を切る順番が違ったので正教会だと思います。カトリックでは、信徒同士で祝福を与えたり受けたりする習慣はほとんどないですよね。日本ではミサの聖体拝領時にご聖体を受けない人に対して聖体奉仕者が祝福を与えることがあるので、あったとしてもそれくらいでしょうか。

司祭の与える祝福と、叙階されていない信徒の祝福とは意味が違うので、人に寄っては「平信徒の祝福は意味がない」と言う人もいます。

祝福し合うのはとても美しく思います。ただしそれなりの学びがないと難しいですね。信仰の薄い私にはかなりの勇気が必要あせる

求道者になるための入門式で「(教会に)信仰を求めます」と言いますが、それは洗礼を受けたあともずっと続くんですね…。

今日の福音箇所、聖ペトロの「主よ、助けてください」を、私も素直に言うことができますように。