『 やさしさという光 』


誰が悪かったわけでもありません。


誰かに辛く当たるということは
誰かを責めなければならないということは


そうせずにはいられない
理由があったのでしょう。


誰かを傷つけずにはいられないほどの
痛み 苦しみ 哀しみ…
それを 誰かにわかってもらいたかったのでしょう。


みんな
自分の人生という物語を
誰かにわかってもらいたいと願って生きている。


孤独に寄り添ってほしい…と。


誰が悪いわけでもない。
みんな必死で生きようとしているだけ。
きれいごとなんていらない。


だってそれが 生きるってことだから…



これ以上誰かを憎みたくないと
泣いて苦しんだ夜もある。


恨み 憎しみ 哀しみ 孤独…
それが日常だった。


人生 すべてから逃げたいと思った。


だけど 今 生かされているのは
耐えられるのは
自分で選んで生まれてきた人生だから。


すべて
”やさしさ”という光を感じるための…
マルキラ☆



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小学校のとき、おじいちゃんとひいおじいちゃんが亡くなった。

そして、高校生くらいのとき、遺産相続の問題が起こった。

今まで、ただの親戚のおじちゃん、だった人が

お金のことになると、豹変した。

信頼していた人たちから、お金を要求された。

お父さんは泣き叫んで頭を下げていた。

家の中はクチャクチャだった。


大切な人が亡くなって、大きな哀しみに加え

信じられないような、耐えがたい現実に直面した。

人の本質……みるしかなかった。

大人たちは皆、自分だけが辛いと思っていた。

だから、子どもに自分の辛さをぶつけた。

私はどこにもぶつける場所はなかった。

家族の苦しみの支えになれない、無力な自分を責めた。

みんなみんな苦しんでいた。

家族を傷つけた親戚の人たちを恨んだし、憎んだ。

そして、子どもに辛さをぶつける大人たちを憎んだ。

そんなキモチを抱く自分自身を責めた。



何が一番辛かったのか…



その大きな嵐のような試練に

みんな、自分だけが苦しいと思っていたこと。

「家族」…そばにいて支えてくれてる人がいるのに

その存在さえも、ないかのように思っていたこと。

「私はそばにいるよ。大切だよ。味方だよ。」

という思いが、届いてないと感じたこと…

そして、大切な人が傷ついている姿をみていること…

それが、私は一番辛かったのだと思う。

家族もきっと同じだったのだろう桜



でもそれから、20年近く経ってわだかまりは溶けていった。

一番苦しめた人たちが、一番助けになってくれたりした。

きっと、その時は

その人たちも、どうしようもなかったのだろう。。

今は、そう思う芽


人を許すこと…

簡単ではない。

だけど、苦しみを経験したのは

ほんとうに大切な存在に気づくためだった。

そして「愛」を学ぶためだったのだと思う桜

今、大切な人たちが笑っていること…

ただそれだけで、ものすごーくうれしいのは

今までの経験すべてのおかげなんだよね笑

ありがとう若葉


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笑