2003年 1~3月
リバウンド
1階のおばあちゃんの部屋を借り、
ベッドで1日中横になる日々だった
通っていた鍼灸治療も行けなくなった。
体にたくさん鍼を打つことに
「何かちがう」と感じてしまった。
体が求めていないことだけはわかった。
体全部が、地球に引っ張られているような
”重さ”を感じた
宇宙旅行に行って、帰ってきたら
こんな感じなのかな…と、重力をひしひしと感じた
人間って… ”体”を持つ…って大変なのだ
「がんばろう」って気力もなかった
気力がない。
一人でお風呂に入れない。
ベッドから起き上がるのも困難。
体が重くて、だるくて仕方ない。
転んだら立ち上がれない。
下のものが拾えない。
着替えもできない。
洋式トイレからも立ち上がれない。
(父にさえ手伝ってもらった)
(夜中トイレに行きたくなって、家族が起きてくるまで何時間もトイレに座っていたこともあった)
…などなど
まさに ”底” だった。
でも
「やっとここまでこれた
」という思いもあった。
リバウンドが来たら、終われる…と思った。
生と死
その頃、私にスリーインワンのことや、色々教えてくれていた
友だちが亡くなった…と
スリーインワンの先生から聞いた。
病気つながりで知り合った方だった。
一度手術をされて、その後は西洋医学的治療は
選んでいなかった。
手作りの詩の本をプレゼントしたことがあって、
それを見て、旦那さまがわざわざ連絡をくださった。
一生懸命生きた方だったのだ…と思った
「どうして、私は生きているのだろう…」
そんなことばかり思った。
頼ること
それまで私は、家族にあまり頼らなかった。
体のこと、話し合うこともなかった。
鍼治療も2時間かけて自分で通い、
薬を減らすこと、止めること、病院をやめることも
決めてから、報告した。
特定疾患はお金のことなので、相談…というより
お願いに近かった。
話してもわからない…そう思っていた。
だけど、私が求めていたもの…
病気になった意味…
家族へのSOSだったから、
そのキモチを認めて、出すことでしか越えられない気がした。
動けなくなって 初めて
家族と「ふれあう」ことができた。
手を借りる…ってすごく難しかった。
私は感謝が足りないから…
こうでもならないと感謝できないんだ。
「ありがとう」って思わなくちゃ…と
自分を責め、心にムチを打っていた気がする
膠原病って、自分で自分の細胞を攻撃すること、だから
それは
私の心のあり方そのものだったのだと思う。
自分のことを大切に思えてなかった。
今、何かあったら、私死ぬよね…と思いつつも
もう、元の病院には戻れなかったし、
戻ったらステロイド漬けになるから
戻りたくなかった。
そんな廃人のような状態で2、3ヶ月過ごした
家族にはさすがに、病院に行ってほしいと言われた。
だけど、、
「薬を止めたいし、これを乗り切れば大丈夫だから」と
私は、譲らなかった。
ほんと、みているほうが大変だったよね…と今は思う。
ごめんなさい。
そして、ありがとう。
(「石の上にも三年」がんばったのは石のほう…
そんな話を読み、ほんとにそうだと思いました
)
ここまで来たら
私は 私の中の声に従って進むしか道はなかった
オーラソーマ・タロット・数秘学
セッション料金が半額に…
★大人気★クリスマスキャンペーンやっています
12月25日申し込み分まで
この機会にぜひぜひ
リバウンド1階のおばあちゃんの部屋を借り、
ベッドで1日中横になる日々だった

通っていた鍼灸治療も行けなくなった。
体にたくさん鍼を打つことに
「何かちがう」と感じてしまった。
体が求めていないことだけはわかった。
体全部が、地球に引っ張られているような
”重さ”を感じた

宇宙旅行に行って、帰ってきたら
こんな感じなのかな…と、重力をひしひしと感じた

人間って… ”体”を持つ…って大変なのだ

「がんばろう」って気力もなかった

気力がない。
一人でお風呂に入れない。
ベッドから起き上がるのも困難。
体が重くて、だるくて仕方ない。
転んだら立ち上がれない。
下のものが拾えない。
着替えもできない。
洋式トイレからも立ち上がれない。
(父にさえ手伝ってもらった)
(夜中トイレに行きたくなって、家族が起きてくるまで何時間もトイレに座っていたこともあった)
…などなど
まさに ”底” だった。
でも
「やっとここまでこれた
」という思いもあった。リバウンドが来たら、終われる…と思った。
生と死その頃、私にスリーインワンのことや、色々教えてくれていた
友だちが亡くなった…と
スリーインワンの先生から聞いた。
病気つながりで知り合った方だった。
一度手術をされて、その後は西洋医学的治療は
選んでいなかった。
手作りの詩の本をプレゼントしたことがあって、
それを見て、旦那さまがわざわざ連絡をくださった。
一生懸命生きた方だったのだ…と思った

「どうして、私は生きているのだろう…」
そんなことばかり思った。
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体のこと、話し合うこともなかった。
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お願いに近かった。
話してもわからない…そう思っていた。
だけど、私が求めていたもの…
病気になった意味…
家族へのSOSだったから、
そのキモチを認めて、出すことでしか越えられない気がした。
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家族と「ふれあう」ことができた。
手を借りる…ってすごく難しかった。
私は感謝が足りないから…
こうでもならないと感謝できないんだ。
「ありがとう」って思わなくちゃ…と
自分を責め、心にムチを打っていた気がする

膠原病って、自分で自分の細胞を攻撃すること、だから
それは
私の心のあり方そのものだったのだと思う。
自分のことを大切に思えてなかった。
今、何かあったら、私死ぬよね…と思いつつも
もう、元の病院には戻れなかったし、
戻ったらステロイド漬けになるから
戻りたくなかった。
そんな廃人のような状態で2、3ヶ月過ごした

家族にはさすがに、病院に行ってほしいと言われた。
だけど、、
「薬を止めたいし、これを乗り切れば大丈夫だから」と
私は、譲らなかった。
ほんと、みているほうが大変だったよね…と今は思う。
ごめんなさい。
そして、ありがとう。
(「石の上にも三年」がんばったのは石のほう…

そんな話を読み、ほんとにそうだと思いました
)ここまで来たら
私は 私の中の声に従って進むしか道はなかった

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