2001年 8月
どうして私は「膠原病」という病気になったのだろう…
どうして「多発性筋炎」という筋肉に炎症が出たのだろう…
病気は、私の人生にとって、どんな意味があるのだろう…
私はその意味を探していた
はじめの一歩
ホリスティックなことを何でもやりたかった私は、
ホリスティック医学協会というところが主宰している
講座などに参加してみた。
※Holisticという言葉は、ギリシャ語のholos(全体)を語源としています。
そこから派生した言葉にwhole,heal,holy,health…などがあり、
健康(health)という言葉自体がもともと『全体』に根ざしています。
現在、「ホリスティック」という言葉は、
「全体」「関連」「つながり」「バランス」といった意味をすべて包含した言葉。
(日本ホリスティック医学協会より 一部抜粋)
月に一度、そこを主宰するお医者さんが中心となり、
色んな人が自由に参加して、丸になり、ただ話す、という会があった。
初めてで、すごくすごく緊張した。
参加するからには、ちゃんと話すぞ…と決めて行った。
参加者の中には、自分や、家族が病気の人…など色々いた。
私は、「膠原病という病気になって…」と
病気のことを初めて、たくさんの人の前で話した。
大きな大きな 始めの一歩だった
その時も涙がたくさん出た
する必要があることなのか…と考えると、
別に自由なことだった。
だけど、私にとってとても必要なことだって思った
何かにつながっている…って思ってた
そして今、セミナーなどで自分の体験談を
お話させていただいたりしている。
あの頃の はじめの一歩が、「今」の私につながっている
暗闇の中で、手探りしてきたこと
自分の中の光を信じて 進むしかなかったこと
必ず、自分の人生につながっている

2008年の初日の出
出逢い
その会に一人の男性がいた。「Nは…」と
その人は、パートナーの女性が大きな手術をした話をしていた。
その時、私はその女の子にどうしても会いたい…と強く思った。
だけど、まあムリだよね…と思って、その男性に話しかけることもなく
家に帰った
それから3ヶ月後、またその会に参加した
私は、詩を描くようになって、詩を読んでみよう、と思っていた。
知らない人もたくさんいた。
一人の女の子が、「ここがいい」と言って
わざわざ私のとなりに座ってくれた
私の番が来て、また初めて、たくさんの人の前で詩を読んだ。
次にその女の子の番で、その子も詩を読んだ。
響きあう…って、こういう感じかな…という体験だった
みんながその子のことを「Nちゃん」と呼んでいた。
「もしかして…」と話しかけてみたら、
私が会いたいと思っていた、まさにその人だった
運命を感じる出逢いだった
Nちゃんは、大きな手術をして、命が助かる代わりに
左耳の聴覚を失う、という代償があった。
その手術をした時は、聴きたくないことばかりだった、と言ってた。
そして、手術後、自分の聴きたい音だけを聴いていたら
左耳が聴こえるようになったらしい
私は「奇跡」のお話を生で聴いていた。
きっと、私が健康で、普通に就職していたら、
出逢えなかっただろう。
私は、一つの意味をみつけた気がした
私も…ほんとは動きたくなかった。
私は、人の…というか、親の言う通りに動いていた。
そうしなければ…と思っていた。
親の要求に応えないと、受け入れてもらえない…と思っていた。
嫌われたくなかった…
自分を否定されたくなかった…
だから、「NO」と言うことができなかった。
きっと、動けなくなる病気、という形で
自分のキモチを表現していたのかもしれない。
「もう、動きたくない…」と。
一つの表現のカタチ
その子との出逢いは、自分の心、魂を映し出してくれるような
運命の「出逢い」だった
Nちゃんとは、それからたまに会っていたけど、
私も体調の波があって、しばらく何年も会っていなかった。
オーラソーマの話もしたことがなかった。
私はオーラソーマのコースに参加したとき、
フラフラで、転んだら一人では立ち上がれないような状態だった。
家族には全部内緒で、友だちの家に一週間お世話になる、と言って
ウィークリーマンションを借り、レベル1のコースに参加した。
「こんなことしていいのかな…」と、
誰にも言わず、不安と恐怖と緊張でいっぱいだった。
そして、初めてコースの部屋のドアを開けたとき、
そこには、Nちゃんがいた
「その道はあっているよ
」
と、神様からのサインをもらえた気がした
どうして私は「膠原病」という病気になったのだろう…
どうして「多発性筋炎」という筋肉に炎症が出たのだろう…
病気は、私の人生にとって、どんな意味があるのだろう…
私はその意味を探していた
はじめの一歩ホリスティックなことを何でもやりたかった私は、
ホリスティック医学協会というところが主宰している
講座などに参加してみた。
※Holisticという言葉は、ギリシャ語のholos(全体)を語源としています。
そこから派生した言葉にwhole,heal,holy,health…などがあり、
健康(health)という言葉自体がもともと『全体』に根ざしています。
現在、「ホリスティック」という言葉は、
「全体」「関連」「つながり」「バランス」といった意味をすべて包含した言葉。
(日本ホリスティック医学協会より 一部抜粋)
月に一度、そこを主宰するお医者さんが中心となり、
色んな人が自由に参加して、丸になり、ただ話す、という会があった。
初めてで、すごくすごく緊張した。
参加するからには、ちゃんと話すぞ…と決めて行った。
参加者の中には、自分や、家族が病気の人…など色々いた。
私は、「膠原病という病気になって…」と
病気のことを初めて、たくさんの人の前で話した。
大きな大きな 始めの一歩だった

その時も涙がたくさん出た

する必要があることなのか…と考えると、
別に自由なことだった。
だけど、私にとってとても必要なことだって思った

何かにつながっている…って思ってた

そして今、セミナーなどで自分の体験談を
お話させていただいたりしている。
あの頃の はじめの一歩が、「今」の私につながっている

暗闇の中で、手探りしてきたこと
自分の中の光を信じて 進むしかなかったこと
必ず、自分の人生につながっている


2008年の初日の出
出逢いその会に一人の男性がいた。「Nは…」と
その人は、パートナーの女性が大きな手術をした話をしていた。
その時、私はその女の子にどうしても会いたい…と強く思った。
だけど、まあムリだよね…と思って、その男性に話しかけることもなく
家に帰った

それから3ヶ月後、またその会に参加した

私は、詩を描くようになって、詩を読んでみよう、と思っていた。
知らない人もたくさんいた。
一人の女の子が、「ここがいい」と言って
わざわざ私のとなりに座ってくれた

私の番が来て、また初めて、たくさんの人の前で詩を読んだ。
次にその女の子の番で、その子も詩を読んだ。
響きあう…って、こういう感じかな…という体験だった

みんながその子のことを「Nちゃん」と呼んでいた。
「もしかして…」と話しかけてみたら、
私が会いたいと思っていた、まさにその人だった

運命を感じる出逢いだった

Nちゃんは、大きな手術をして、命が助かる代わりに
左耳の聴覚を失う、という代償があった。
その手術をした時は、聴きたくないことばかりだった、と言ってた。
そして、手術後、自分の聴きたい音だけを聴いていたら
左耳が聴こえるようになったらしい

私は「奇跡」のお話を生で聴いていた。
きっと、私が健康で、普通に就職していたら、
出逢えなかっただろう。
私は、一つの意味をみつけた気がした

私も…ほんとは動きたくなかった。
私は、人の…というか、親の言う通りに動いていた。
そうしなければ…と思っていた。
親の要求に応えないと、受け入れてもらえない…と思っていた。
嫌われたくなかった…
自分を否定されたくなかった…
だから、「NO」と言うことができなかった。
きっと、動けなくなる病気、という形で
自分のキモチを表現していたのかもしれない。
「もう、動きたくない…」と。
一つの表現のカタチ

その子との出逢いは、自分の心、魂を映し出してくれるような
運命の「出逢い」だった

Nちゃんとは、それからたまに会っていたけど、
私も体調の波があって、しばらく何年も会っていなかった。
オーラソーマの話もしたことがなかった。
私はオーラソーマのコースに参加したとき、
フラフラで、転んだら一人では立ち上がれないような状態だった。
家族には全部内緒で、友だちの家に一週間お世話になる、と言って
ウィークリーマンションを借り、レベル1のコースに参加した。
「こんなことしていいのかな…」と、
誰にも言わず、不安と恐怖と緊張でいっぱいだった。
そして、初めてコースの部屋のドアを開けたとき、
そこには、Nちゃんがいた

「その道はあっているよ
」と、神様からのサインをもらえた気がした
