2000年 11月
すべてが敏感になってしまった私は、
人のキモチ、自分のキモチ、みえないもの…
色んなものを感じとるようになった
そして、すべて”わかっている”…気にもなってしまった。
それは、うれしいことでもあり、
しんどいことでもあった。
色んなものを感じるためには
「自分」という存在がしっかりと
地に足をつけていなければならない
オーラソーマに出会い、今はその大切さを知った
3度目の入院
家での生活がままならなくなって
自分で、入院することを決めた。
「リハビリ病棟」という所に入院した。
そこには、脳梗塞などで倒れたり、動くことが困難で
リハビリを必要とする人ばかりだった。
トイレや洗面所も専用に作られていて
暖かいし、段差はないし、寝ていてもいいし、
なんだか、がんばらなくていいんだ…って思って
すごく楽になった
入院生活バンザイだった
入院生活
堂々と寝ていてもいい…という場所は居心地よかった
人と同じように…
がんばらなくちゃ…って思わなくていいから。
慣れていたのもあって、楽しかった
色んな人と話をした。
入院の好きなところは、そこにウソがないから。
みんな必死で生きていて、声をかけ、話し合い、
悩み、ケンカし、対面をつくろってなんていられないから。
マヒして動けない同室の人の
コップをとってあげたり、ちょっとお手伝いしたりした。
そしたら、その入院初心者の女性は
「お姉さん、住み込みで働いてるの?えらいねぇ」
と、私のことを住み込みのバイトと勘違いしてた
おもしろかった
ある日、トイレに行こうと廊下を歩いていると、
「う~」 という声が聞こえてきた。
そしたら、個室のおじいさんが
ベッドに乗ったまま、床に手を着き、逆立ちのようになっていた
急いで看護師さんを呼んだ。
ムリをしてベッドから降りようとしたらしい。
翌日から、そのおじちゃんのベッドの横には
分厚いマットが引かれていて、
おじいちゃんはおとなしくごはんを食べていた
ずっと一人で生きてきたおばあちゃんは、
すごくすごくリハビリをがんばっていた。
厳しさとやさしさを持った、背筋のシャンとした女性だった
倒れて、意識不明で、流動食だった女性は、
毎日毎日、娘さんたちが声をかけ、看病していた。
そしたら、わずか数週間の間に
しゃべり、廊下を歩き、ごはんを自分で食べれるまでに回復した
人間の治癒力のすごさを見せてもらった。
病気の疑いがあって入院してきたおばあちゃんは、
実は認知症だとわかり、病院で徘徊しだした。
ずっと銭湯の仕事をし、一人でがんばってきた人で、
スイッチが入ると、ベッドの上で、
「お湯を沸かさなきゃ」と暴れたこともあった。
私が退院する時、「どこいくの?」って笑ってくれた
手を握って、泣いてしまった
あったかい手だった。
私は、入院生活の中で、たくさんの人生を
みせていただいた
日に日に回復していく年配の方たちをみて
いいイメージをみせてもらった。
どんな学校でも学べないことだった。
「この経験は、将来カウンセラーになるための糧だ
」
と思えたことが、現実を乗り越えるチカラになった。
そして、
「もう、私はこの場所には戻ってこない」と誓った
すべてが敏感になってしまった私は、
人のキモチ、自分のキモチ、みえないもの…
色んなものを感じとるようになった

そして、すべて”わかっている”…気にもなってしまった。
それは、うれしいことでもあり、
しんどいことでもあった。
色んなものを感じるためには
「自分」という存在がしっかりと
地に足をつけていなければならない

オーラソーマに出会い、今はその大切さを知った

3度目の入院家での生活がままならなくなって
自分で、入院することを決めた。
「リハビリ病棟」という所に入院した。
そこには、脳梗塞などで倒れたり、動くことが困難で
リハビリを必要とする人ばかりだった。
トイレや洗面所も専用に作られていて
暖かいし、段差はないし、寝ていてもいいし、
なんだか、がんばらなくていいんだ…って思って
すごく楽になった
入院生活バンザイだった
入院生活堂々と寝ていてもいい…という場所は居心地よかった

人と同じように…
がんばらなくちゃ…って思わなくていいから。
慣れていたのもあって、楽しかった

色んな人と話をした。
入院の好きなところは、そこにウソがないから。
みんな必死で生きていて、声をかけ、話し合い、
悩み、ケンカし、対面をつくろってなんていられないから。
マヒして動けない同室の人のコップをとってあげたり、ちょっとお手伝いしたりした。
そしたら、その入院初心者の女性は
「お姉さん、住み込みで働いてるの?えらいねぇ」
と、私のことを住み込みのバイトと勘違いしてた

おもしろかった

ある日、トイレに行こうと廊下を歩いていると、「う~」 という声が聞こえてきた。
そしたら、個室のおじいさんが
ベッドに乗ったまま、床に手を着き、逆立ちのようになっていた

急いで看護師さんを呼んだ。
ムリをしてベッドから降りようとしたらしい。
翌日から、そのおじちゃんのベッドの横には
分厚いマットが引かれていて、
おじいちゃんはおとなしくごはんを食べていた

ずっと一人で生きてきたおばあちゃんは、すごくすごくリハビリをがんばっていた。
厳しさとやさしさを持った、背筋のシャンとした女性だった

倒れて、意識不明で、流動食だった女性は、毎日毎日、娘さんたちが声をかけ、看病していた。
そしたら、わずか数週間の間に
しゃべり、廊下を歩き、ごはんを自分で食べれるまでに回復した

人間の治癒力のすごさを見せてもらった。
病気の疑いがあって入院してきたおばあちゃんは、実は認知症だとわかり、病院で徘徊しだした。
ずっと銭湯の仕事をし、一人でがんばってきた人で、
スイッチが入ると、ベッドの上で、
「お湯を沸かさなきゃ」と暴れたこともあった。
私が退院する時、「どこいくの?」って笑ってくれた

手を握って、泣いてしまった

あったかい手だった。
私は、入院生活の中で、たくさんの人生を
みせていただいた

日に日に回復していく年配の方たちをみて
いいイメージをみせてもらった。
どんな学校でも学べないことだった。
「この経験は、将来カウンセラーになるための糧だ
」と思えたことが、現実を乗り越えるチカラになった。
そして、
「もう、私はこの場所には戻ってこない」と誓った
