私が膠原病と診断される2、3年前、お母さんがリウマチになった。
甲状腺が腫れて、深刻な状態になった。

その頃のお母さんは、私も大学に入り、子どもたちが巣立とうとしているときだった。

「どうして私の言う通りに動かないの!?」

「これから先、どうしたらいいかわからない…」
そんなことを言うようになっていた。
空の巣症候群…だったのかもヒヨコ


※空の巣症候群(からのすしょうこうぐん)は、40代から50代の女性によく見られる抑うつ症状。子育てが終わり、子どもが家を巣立っていったあたりから出てくる事が多いので、こう呼ばれる。燃え尽き症候群などとも似通ったもの。『ウィキペディア(Wikipedia)』より。



大学生だった私は、授業が終わったらすぐ家に帰って、家事をやった。

それはキレイな話ではなく、私が怖かったから。
お母さんがいなくなってしまうのではないか…と怖かったから。

しんどそうなお母さんをみているのがイヤで、やさしくできない時もあった。

家の仏壇の前で泣きながら、ご先祖さまにお願いした。
お母さんの病気を治して…って
私が代わりになったら、治してみせるから…って


そして、お母さんの役に立つかも…という想いもあって、マッサージの学校に行って、その職に就こうと考えていた矢先、私が熱を出して、寝込んでしまった。

で、私が膠原病と診断された。

お母さんのリウマチは、それから2、3年後に完治した。


エネルギーを注ぐ対象ができたから、私の看病で忙しくなったのもあるかもしれない。


…だけど


自分が経験して感じたことがある。


リウマチは、朝起きる時、体がこわばって、すごく起きるのが困難になる。
1ヶ月に2、3回、40度近い熱を出したり、重いものを持つことや、手を上げることも大変そうだった。

だけど、毎朝6時に起きて、男の人と同じような肉体労働をしていた。

私たちを食べさせるために…

動かさないと、どんどん関節が固まっていくから、ムリしない程度に動かしたほうがいいらしいけど、お母さんはかなりの力仕事をしていた。

それを見ていることが、一番きつかった。

そして、私も同じようなことを経験した。

お母さんも、そんな私をみていることは、一番辛かったのかもしれない…。



「誰かのために動こうとする人には、チカラが与えられるクローバー

この言葉を聞いて、私は「お母さん」が浮かんだ。

お母さんのリウマチが治ったのは、お母さん自身が、誰かのために動いていたから。

私はこのこと、正直、認めたくなかった。

私はできていない…って認めたくなかったから。

でも、『お母さん~僕~、~私~』という本を書いて、お母さんという存在にはかなわないんだって、お母さんのすごさを認めたら、楽になった。

比べなくていい。

全く同じ人間なんていない。 できることだってちがう。

だけど、すごいことは認めて、自分なりにやってみよう
チューリップ黄


やっと、やっと、今、そう思える。

お母さんが、治癒をみせてくれていた。

大きなヒントをくれていた。

大切なことはすぐそばにある。

治癒へのヒントは、みんな必ず、みつけようとすれば、近くにあるクローバー

みようとしなかったから、みえなかった真実。

みようとしたから、みえた真実。

遅くなんてない、いつでも「今」がベストタイミングなんだスマイル


ありがとう、お母さん。


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