私はどうして膠原病(多発性筋炎)という病気になったのだろう…
「病は気から」
「想いは実現する」
自分のこともみてみようと思う。
「願い事をするときは気をつけな。すべて叶ってしまうからさ」
どこかの国のことわざだそうです。
私は正直、膠原病って診断された時、不安でいっぱいだったけど、本気でほんとにイヤだったのか…と考えると、そうではない気がした。
どこかずっとこうなることを望んでいたような……
家のこと
小さい頃は細くて活発だった私だけど、小学高学年になって、家のことで色々心の負担になることが多くあって、食べて現実逃避するようになった。
運動していたけど、どんどん太り出して、そんな自分が本当にイヤで、筋肉のついた丈夫な体がイヤだった。
病気になってでも痩せたい…と強く思っていた。
そして、もう1つは、家族に対して、私は強くない…と、もう限界です…と言葉にならない声を、病気というカタチで表現したかったのかもしれない。
うちの家族は、「思いをわかってほしい」という思いがすごく強い気がしてた。
自営業だったし、小さい頃から商売というもの、人の裏側をみる機会が多かった。
大人の人たちは、ご飯の時、仕事のグチをいうのが当たり前で、私は聞き役だった。
グチって目に見えないけれど、聞いているほうはしんどくなる。
「イヤだ」ということは、養ってもらっている以上、許されない。
幼稚園のころ、「心と体がつながっているなら、この状態が続いていったら、私はきっと病気になる」と思った。
その感覚を今でもはっきり覚えている。
その積み重ねが、20年毎日続いた。
だから、初めて入院した時、「やっぱり」って思った。
起こった現実は、すべて私が望んだことだった。
ほんとの姿
両親も祖父母も純粋な人たちだ。
だけど、たくさんの色んなことがあって、心が折れてしまっていた。
子どもの話を聞く心の余裕もなく、話を聞いてもらったことがない。
いくら幼い私が話を聞いたところで、解決するはずもなく、だけど聞くしかなくて、外国人の話を聞いているみたいだった。
「この人たちは心が病んでる」
目の前にいる家族は、本当の姿ではない、って感じた。
本当はみんなまっすぐに一生懸命生きているのに、どうしてこんな風になるの…
心の傷が癒されれば、笑顔になれる。そして、また進んでいける…そう強く思うようになっていた。
たくさん言いたいことはあったけど、一番の願いは、お母さん、お父さん、おばあちゃんたちの心の傷が癒されることだった。
自分が病気になっても、あまり深刻ではなく、どうしたらみんなが癒されるだろうって思っていた。
だけど、身内だから、恨み、憎しみ、哀しみ、怒り…色んな感情が出てきて、そんな自分にとことん嫌気がさした。
私の気持ちをわかってよ…って何度も思った。
体が元気になってきても、心にわだかまりを抱えたままだとまた元に戻る気がしていた。
そうして10年、病気と言う名目で自分の心と体に向き合うことになった。
その通ってきた道をこれから書いていこうと思う。
今は…というと
ステロイドをやめて4~5年経つ。
『お母さん~僕~』『お母さん~私~』『お父さん~娘~』という3冊の本を出して、カラーセラピーの仕事をしている。
この3冊の詩を書き上げたおかげで、私自身がとても癒された。
すべてがそうではないと思うけど、みんな基本は「両親」だから、「お父さん」「お母さん」への思いに向き合うことで、色んなことが解決していく、、と感じた。
人と向き合うためには、まず、自分と向き合うこと。
人を癒すためには、まず、自分が癒されること。
そして
心と体はつながっている。
「病は気から」
「想いは実現する」
自分のこともみてみようと思う。
「願い事をするときは気をつけな。すべて叶ってしまうからさ」
どこかの国のことわざだそうです。
私は正直、膠原病って診断された時、不安でいっぱいだったけど、本気でほんとにイヤだったのか…と考えると、そうではない気がした。
どこかずっとこうなることを望んでいたような……
家のこと小さい頃は細くて活発だった私だけど、小学高学年になって、家のことで色々心の負担になることが多くあって、食べて現実逃避するようになった。
運動していたけど、どんどん太り出して、そんな自分が本当にイヤで、筋肉のついた丈夫な体がイヤだった。
病気になってでも痩せたい…と強く思っていた。
そして、もう1つは、家族に対して、私は強くない…と、もう限界です…と言葉にならない声を、病気というカタチで表現したかったのかもしれない。
うちの家族は、「思いをわかってほしい」という思いがすごく強い気がしてた。
自営業だったし、小さい頃から商売というもの、人の裏側をみる機会が多かった。
大人の人たちは、ご飯の時、仕事のグチをいうのが当たり前で、私は聞き役だった。
グチって目に見えないけれど、聞いているほうはしんどくなる。
「イヤだ」ということは、養ってもらっている以上、許されない。
幼稚園のころ、「心と体がつながっているなら、この状態が続いていったら、私はきっと病気になる」と思った。
その感覚を今でもはっきり覚えている。
その積み重ねが、20年毎日続いた。
だから、初めて入院した時、「やっぱり」って思った。
起こった現実は、すべて私が望んだことだった。
ほんとの姿両親も祖父母も純粋な人たちだ。
だけど、たくさんの色んなことがあって、心が折れてしまっていた。
子どもの話を聞く心の余裕もなく、話を聞いてもらったことがない。
いくら幼い私が話を聞いたところで、解決するはずもなく、だけど聞くしかなくて、外国人の話を聞いているみたいだった。
「この人たちは心が病んでる」
目の前にいる家族は、本当の姿ではない、って感じた。
本当はみんなまっすぐに一生懸命生きているのに、どうしてこんな風になるの…
心の傷が癒されれば、笑顔になれる。そして、また進んでいける…そう強く思うようになっていた。
たくさん言いたいことはあったけど、一番の願いは、お母さん、お父さん、おばあちゃんたちの心の傷が癒されることだった。
自分が病気になっても、あまり深刻ではなく、どうしたらみんなが癒されるだろうって思っていた。
だけど、身内だから、恨み、憎しみ、哀しみ、怒り…色んな感情が出てきて、そんな自分にとことん嫌気がさした。
私の気持ちをわかってよ…って何度も思った。
体が元気になってきても、心にわだかまりを抱えたままだとまた元に戻る気がしていた。
そうして10年、病気と言う名目で自分の心と体に向き合うことになった。
その通ってきた道をこれから書いていこうと思う。
今は…というと
ステロイドをやめて4~5年経つ。
『お母さん~僕~』『お母さん~私~』『お父さん~娘~』という3冊の本を出して、カラーセラピーの仕事をしている。
この3冊の詩を書き上げたおかげで、私自身がとても癒された。
すべてがそうではないと思うけど、みんな基本は「両親」だから、「お父さん」「お母さん」への思いに向き合うことで、色んなことが解決していく、、と感じた。
人と向き合うためには、まず、自分と向き合うこと。
人を癒すためには、まず、自分が癒されること。
そして
心と体はつながっている。