1998年 12月

2回目の入院生活が始まった。

この入院までの日々、どんどん動けなくなっていく体に不安で、夜になると泣けてきてた。

私は、弱さをみせるのがイヤで、家族やお医者さんの前では平気な顔をしてた。

入院初日、安心したけど、やっぱり恐くて、消灯になっても眠れず、涙が出てきた。

そしたら突然カーテンがガラって開いて、看護主任さんが心配で見に来てくれたらしい。

泣いてるのをみつかって、私は恥ずかしくて、「大丈夫です」って平静を装おうとしたけど、バレバレだった。

「泣いていいのよ」って一言残して去っていった。

強くなきゃ、がんばらなきゃ、って思って生きてきたから、「泣いていい」…なんて言葉聞いたことなくて、また泣いてしまった。



「膠原病 多発性筋炎」は血液の数値だけじゃなくて、
筋生検と言って、実際に筋肉の組織をとって、調べて、炎症が起こっていると確認できて初めて、診断がついて治療ができる。

局所麻酔で、軽い手術のような感じになる。
だけど、筋肉には麻酔は効かないらしくて、筋肉の組織を切る時、非常に痛いということを聞いた。

でもやるしかないし、お医者さんのことを信頼できたから、あまり恐くなかった。

左腕の筋肉を取ることになった。
ビニールシートで見えないけれど、意識はあるから、話しながらだった。

パチパチって筋肉を切るはさみのような音が聞こえた。

1回で終わりかと思って、ホッとしていると終わる気配がなく、「これがあと2回あるからね」って言われて、思わず「マジですか?!」って言ってしまったら、笑われた( ̄∇ ̄+)

ほんとはみんなもっと、痛がって怖がるらしく、お医者さんや看護師さんたちは、とても心配そうにしてくれていた。

だけど、信頼感とはほんとに大きなもので、まかせても「大丈夫」という安心感で恐くなかった。


私の筋生検が、始まってから終わるまで、看護主任さんは私の右手をずーっと握っていてくれた。

その手があたたかくて、うれしくて、私は、筋肉を取る痛みを全く覚えていない。

安心感、信頼感、あったかい手…何よりの薬黄色い花