1998年 6月
なんとか退院して、微熱が少し続いてたが、リンパ腺の腫れも引き、熱も下がっていった。
退院して2日後、お母さんに「がんばって 動きなさい」と言われたときは、
鬼かと思った…
高熱がずっと続いていたから、かなりの体力消耗していて、
どんなに動こうとしても、だるくてだるくて動けなかった。
だけど、家族ってそんなもんなんだなって10年経った今、やっとそう思う。
近くの人、特に思いの強い家族とかが弱っていく姿って、みたくないんだよね。
みたくない、認めたくない、がんばってよ!…って思ってしまう。
私が逆なら、そう思う。
だけど、当本人となると、動きたいのにがんばっても動けない
しんどいし、みせたくないし、でもわかってほしい…フクザツだった。
だるさもそのうちなくなると思っていた。
大学4年生だったから、学校があった。
必要な単位は3年生までにとっていたから、先生方に配慮いただいて、
卒業論文を出せば卒業できることになった。
なので、自宅療養しつつ、家で卒論制作をしていた。
なんかおかしい…
いっこうに体のだるさがぬけず、日が経つにつれ重くなっていった。
だけど、痛みも何もなくて、「だるさ」だったので、家族に言えなかった。
・階段が上がりにくい
・少しの段差でつまずく
・高い車に乗りにくい
・ベッドから起き上がれない …などなどの症状があった。
だけど、入院した病院にはどうしても戻りたくなくて、
家族にも何かおかしい…と言えなくて
時間だけがどんどん過ぎていった。
自宅から大学までは、片道2時間かかって、卒論のために大学に行った。
地下鉄の階段を一段ずつ、両手で手すりにつかまって上った。
年配の女性が私を追い抜いていった。
「大丈夫?」と心配そうに話しかけてくれて、○○の会という冊子をくれて、
「この近くだからいつでもいらっしゃいね。」と去っていった。
押し付けるでもなく、なんか、かっこよかった。
ありがとう
1998年 12月
どんどん動けなくなっていって、原因もわからず不安な日々を過ごしていたけど、
卒業論文を提出して、違う病院に検査にいくことになった。
その時つきあっていた彼にしか、体のことを言えなくて、
家族には恐くて言えなかった。
だけど、そうも言ってられない状況になり、
初めて両親がついてきてくれて、病院に行った。
再び入院
自宅に帰ったら、病院から電話で、明日病院に来てください、と言われた。
そして、翌日病院にいったら、「こんな状態では帰せません」
と言われ、家に帰れないまま、そのまま即入院となり、
それが4ヶ月の入院生活の始まりだった。
なんとか退院して、微熱が少し続いてたが、リンパ腺の腫れも引き、熱も下がっていった。
退院して2日後、お母さんに「がんばって 動きなさい」と言われたときは、
鬼かと思った…
高熱がずっと続いていたから、かなりの体力消耗していて、
どんなに動こうとしても、だるくてだるくて動けなかった。
だけど、家族ってそんなもんなんだなって10年経った今、やっとそう思う。
近くの人、特に思いの強い家族とかが弱っていく姿って、みたくないんだよね。
みたくない、認めたくない、がんばってよ!…って思ってしまう。
私が逆なら、そう思う。
だけど、当本人となると、動きたいのにがんばっても動けない
しんどいし、みせたくないし、でもわかってほしい…フクザツだった。
だるさもそのうちなくなると思っていた。
大学4年生だったから、学校があった。
必要な単位は3年生までにとっていたから、先生方に配慮いただいて、
卒業論文を出せば卒業できることになった。
なので、自宅療養しつつ、家で卒論制作をしていた。
なんかおかしい…
いっこうに体のだるさがぬけず、日が経つにつれ重くなっていった。
だけど、痛みも何もなくて、「だるさ」だったので、家族に言えなかった。
・階段が上がりにくい
・少しの段差でつまずく
・高い車に乗りにくい
・ベッドから起き上がれない …などなどの症状があった。
だけど、入院した病院にはどうしても戻りたくなくて、
家族にも何かおかしい…と言えなくて
時間だけがどんどん過ぎていった。
自宅から大学までは、片道2時間かかって、卒論のために大学に行った。
地下鉄の階段を一段ずつ、両手で手すりにつかまって上った。
年配の女性が私を追い抜いていった。
「大丈夫?」と心配そうに話しかけてくれて、○○の会という冊子をくれて、
「この近くだからいつでもいらっしゃいね。」と去っていった。
押し付けるでもなく、なんか、かっこよかった。
ありがとう

1998年 12月
どんどん動けなくなっていって、原因もわからず不安な日々を過ごしていたけど、
卒業論文を提出して、違う病院に検査にいくことになった。
その時つきあっていた彼にしか、体のことを言えなくて、
家族には恐くて言えなかった。
だけど、そうも言ってられない状況になり、
初めて両親がついてきてくれて、病院に行った。
再び入院
自宅に帰ったら、病院から電話で、明日病院に来てください、と言われた。
そして、翌日病院にいったら、「こんな状態では帰せません」
と言われ、家に帰れないまま、そのまま即入院となり、
それが4ヶ月の入院生活の始まりだった。